俺が夏休み限定で家庭教師のバイトを申し込んだのは、やっぱり夏の間にちょっとお金を貯めたいなっていうもあったし、そういうバイトの経験を通して学ぶものも多いだろうってことだった。 学生の夏休みはお金が要る・・・月締めで給料支払われるのじゃなくて、週ごとにもらえるのにした。 そして、毎年のごとく女っ気の無い夏をすごしてる俺だから、ちょっとだけ「かわいい女の子」が担当になることを密かに期待していた。 「あー?家庭教師するだー?」 マックのハンバーガーを頬張りながら高校時代からの友人 健(たける)が呆れた顔で言った。 「うん。結構、自給もいいだろ?それに楽しそうだしな」 「てめー!何おいしいこと考えてるんだよ!」 「え?」 首をがしっと締めるような形で健が襲い掛かる。 「な、なにしてんだよ?!」 「お前、もし、かんわいい女子高生とかの担当になってみろよ・・・」 ごく・・・唾を飲む音が聴こえる。実は俺も聴いた瞬間飲んでいた。 「そ、そうなると・・・?」 「分かってねぇなー・・・ほら、『せんせー成績あがったよぉー私、先せんせーのおかげで頑張れました・・・だからお礼に・・・』あ゛ぁ〜〜もうたまらんっっっっ」 健は今にでも走り出しそうだ。そこをなんとか止めつつ、 「何言ってんだよ!そんなこと考えてるわけないだろうがっ!」 そう言いつつも少しは期待している。勿論、健は見透かしていただろう、じっと俺を見ている。 「なんだよ・・・男に見つめられる趣味はないぞ」 「いやーお前にもちゃんと男の機能があったんだなーって関心してたんだ」 突然、何言い出すんだこいつ!いつも唐突にありえないことを言ってくる!困ったもんだよ出会ったときからこんなんだからな・・・。 「一時期、俺に気があるんじゃないかって思ってたくらいだしな・・・」 「って待てこらぁ!いつからそういう話になったんだよ!」 「はあ〜でもにくいねぇ〜女子高生狙うか・・・」 「てめえ話聴けよ!」 「ま、それも男が担当になったんじゃ話にならんがな」 ニヤニヤしながら勝手に盛り上がったかと思うと急に落とす・・・こいつこのパターンばっかだ。 「さてっとーいい話聴いた!俺も申し込むぞ!番号教えろ」 「はぁーもう締め切り過ぎたよ。それに明日、俺の担当の子が決まるってさ」 「がーーーーーーん・・・・」 「何期待してたんですかオイオイ・・・」 すると急に俺の首を絞めて叫んだ。 「俺の夏を返せえええええええええええええええええええ」 「いたっ・・・痛いって!!あ゛・・・ん・・・オチる・・・」 こんな馬鹿ばっかりずっとやってる俺ら、周りにはいい迷惑だ。でも本人たち楽しいから、いっか。 ───次の日。 電話があった。登録した家庭教師派遣センターからだ。 『───というわけで、相手方から資料が届いておりますので、2日以内に届かない場合は、コチラにお問い合わせ下さい。健闘を祈ります。それでは───』 ピッ・・・ 「はーどんな子なんだろ・・・」 せめて女か男かくらい教えて欲しい。いや、「女か」男か、だな・・・。こっちを強調するあたり俺も何期待してんだか・・・ まあ、健が言うことも満更じゃないけどな。ちょっとは期待していいと思わない?って、誰に聞いてる俺・・・ 「資料、な・・・資料資料・・・あった」 でも、あえて見ないことにする。資料にあることが全てとは限らないし、最初に期待を裏切られたくない。もし、期待外れであったら、それはそれで見ても見なくても一緒だ。 「はぁ?見てないの?!」 またまた健だ。一応、担当が決まったことだけをメールで伝える。 「すっごくかんわいい女の子かどうか先に分かるだけでドキドキ感が倍増するだろ?」 だから先に分かっても分かって無くても結果は結果、それを受け止めるだけだから一緒だって・・・ 「あーもーお前ってほんっとわかんねー」 いや、俺もお前がつくづく分からないよ。 「まーとにかく、報告しろよ!かんわいい女子高生だったら絶対!その子はお前にやるから、その友達を紹介させるように頼めよ!」 ったく・・・何様なんだろう・・・ 「俺はもう寝る!じゃなー」 って昼の3時だぞ? 「はぁー明日初顔合わせになるのかー・・・」 今までしたバイトと言えば、コンビニのレジ打ち、スーパーのレジ打ち・・・どれも客と顔を合わせるのは会計の時がほとんどで、顔なんて次に来た時には余裕で忘れてる。そういう仕事だ。 一方、家庭教師といえば、ずっと同じ子を教えていくことになるわけで、しかもマンツーマンになるわけで、異性の子であれば何かを期待しないわけにはいかない。その事を力説しまくっているのが健であり、とりあえず「あればいいなー」くらいに思っているのが俺だ。 ───その夜は何故か中々眠れなかった。 チャーチャラララチャンチャンチャラララー♪♪ ん?なんでこんな時にメールが? 担当の子の家に向かっている途中なのだが、マナーモードにするのを忘れていた。 「は・・?健??」 健は俺が今日、家庭教師に行くことを知っている。 『ぐっどらぁっく』 「・・・・・・」 もう何も言えない。何を頑張れと言うのだ・・・ そのメールの返事は、返さなかった。 地図の示す場所─つまり担当になる子の家だが、自宅からそう遠くはなかった。電車で二駅程行って、そこからは徒歩で数分。結構、便利な所に住んでるな。お金持ちの家の令嬢ってパターンじゃないよな・・・ それなら大学生なんかをバイトで雇っている家庭教師派遣会社なんかに頼むはずないか・・・なんて無駄なことを考えながら歩く。 着いた。 ・・・なんだ普通のアパートの一室じゃないか。 でもがっかりするのは早いだろう。これからきっともっとがっかりすることが起こるんじゃなかろうか(例えば、すっごく金髪不良少年だとか、オタクくんだとか・・・)あって欲しくないが、それはそれで現実。仕事を請け負った以上は頑張るしかない、と心に決め、いざ玄関に立ち、チャイムを押す。 ピンポーーーン・・・ 「はーい」 あれ?若い女の声だ。高校生くらいの女の子くらいの声。結構、カワイイかな・・・ ガチャ ドアが開く。そこから出てきたのは・・・ 紛れも無い、学校から帰ったばかりというのが一瞬で分かるセーラー服を着た女の子だ。髪は肩くらいかな・・・ストレートだ。少しだけ甘い匂いがする。スカートはそんなに短くはないな。多分、普通に真面目な子だ。 そんなことを一瞬で考えてしまう俺ってやっぱ健と同類か・・・? 「先生ですか?」 その子はそう言った。もう、この子が担当の子というのは決定だ。 「はい、南家庭教師派遣センターからの者です」 研修で習ったとおりに答える。 「あ、あ、はい、えっと、立川です、あ、んと・・・と、とにかくお入りくださいっ」 慣れてないんだろうなこういうのに。少しだけ初々しさを感じながら、その子に案内されるがままに進み、リビングらしき間に通され、すぐそこにあったソファーに腰を下ろす。 「ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃってて・・・」 分かりやすい子だなーと思いつつ、少し微笑んで、 「いえいえ。こちらこそ予定時間より早く来てしまって、準備も出来てないでしょうに」 「あは、あはははー。でも先生っていうからもっとどっしり構えたおじさんが来ると思ってたけど、なんか『おにーさん』って感じですね」 危うく、飲んでいたお茶を噴出しそうになった。 「そ、そんなの偏見だよ!・・・あ・・・申し訳ありません」 ちょっと可愛らしく笑うもんだからついいつもの話し口調に戻ってしまった。 「先生も緊張してたんですねっ。ちょっと笑っちゃったーでも、そっちのほうが『らしく』聴こえますよ」 表情が豊かな子なんだな、と思った。だから分かりやすいって言うのかな? 「こ、これは研修で習ったんだから、そこは気にしないで下さい」 実は緊張していたのを見破られてしまったので、かなり慌てた。しゃべり方も変になった。なんだこの子は・・・でも不思議と怒りはなく、ただその雰囲気に好感が持てたからかもしれない。 「あれ?お母さんは?」 もういつもと同じしゃべり方になっていた。そっちのほうが楽だったし、あんまり堅苦しくするとまた笑われそうで嫌だったというか、恥ずかしかった。 「お母さん?いないよ?」 さらっと答えた女の子。全然、迷ったり、そういう「言わないで」的な雰囲気はなかった。根っから気にしない性格なのか? お金とかそういうのに困ってないんだろうか、いろいろ聞きたかったが、そこはやはり触れるべきところではないだろう。 「今日は初顔合わせになるんで、授業の準備はしてきてないんだ」 「そうなんですか?よかったぁ〜」 「え?なんで??」 「いきなり『今日はこのテキストを○ページまでやります』って言われたらどうしようかって思ってたんですよ〜」 本当によく笑う子だな。友達も多いんだろう。親近感が凄く持てる。 「俺なりに結構考えてるんだよ?一応は、自己紹介辺りから入って、それでどんな風に進めていくのか入って・・・」 「先生」 「う、うん?」 やはり年頃の女の子からそう呼ばれるのは照れる。というか3つかそれくらいしか違わないって!彼女は、17歳の女子高生なのだから! 「私『恭子』!キョコって呼んでねっ これからもよろしくねっ せーんせっ」 「あ、ああ、よろしく・・・」 爽やかな夏の風、少し甘い香りと共に様々な嬉しい予感を運んで俺の鼻をくすぐった・・・ 第2話へ |