ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第10話






 駄目だ。全く分からない。というか最後の『洋二』を除けばたった3行ちょっと程度のメールにヒントなどあるはずがない。他に何か・・・。キョコから来たメールとか?でも、あれにはここってことしか書いてなかったし、『誘拐された』とも何もなかった。ただ『来て』と・・・。もしかして、洋二が打ったのか?このメールも、最初に来た空メールも。
 ・・・だとしたらキョコはどこにいるんだ?悩み始めて15分かその程度くらいしか経ってないと思う。でも、1時間にも2時間にも、気が遠くなるくらいに感じた。
ぶー、ぶー、ぶー、
メールだ。上手いタイミングで来た気がする・・・。
『まだか。遅い』
説明する必要もないだろう。キョコの携帯から洋二が送ってきてるんだ。しかし、どう探せと・・・。
「せんせー!」
後ろから、以前、聴いたことのある声が走ってきた。え?
「えーっと、真里ちゃん?」
「そうそう!やっと見つけた!」
息を切らして走ってきて、「キョコが・・・」
「ああ、洋二ってのに誘拐されたらしいな」
「ウン・・・。さっきキョコの家に行ったら、置手紙みたいなのがあって、家庭教師ないんだって思って、メール送ったらこんなのが・・・!」
真里の携帯にも同じメールが来ていた。ほぼ一字一句違わないメール。あの『まだか。遅い』も。受信時間を見ると殆ど一緒だ。
「自動配信?」
2人同時に呟いた。メールが来ると勝手にメールが返信されるシステムだ。って話は聞いたことがあるが、どうやるのかなんて知らない。
「最初は空メールで、2通目は『ここまで来て』、3通目は『キョコはここにいる』、で、今『まだか。遅い』・・・ですか。何か遊ばれてるみたいな感じしますね」
2通目のメールに関しては少し内容が違ったみたいだ。としたら、2通目は本人が打ったのか?それとも最初からあの『洋二』がキョコを装ってなのか・・・。謎だらけである。警察に捜索願でも出すか?これは立派に『事件』として扱えるし、そうした方が安全といえば安全だ。でも、それでいいのか?というか、真里が来たことでちょっと冷静になれたようだ。こういう時に誰かいると心強い。
「どこにいるんだろう・・・」
一緒に悩んでくれてる。キョコがどれだけ慕われてるかよく分かるな。こりゃ、俺が惚れても仕方ないな。・・・・・・惚れる?俺ってキョコに惚れてたのか?そういえば何でこんなに必死何だ俺!いや、それは後で考えよう。
「ねぇ、せんせー。おかしいと思わない?」
「え、何が?」
「何でこんなところに誘拐すんの?」
「どういうことだ?」
「分かりにくすぎ!」
ワガママじゃねーか。分かりやすいところに監禁しても意味ないだろうが。・・・監禁?え、監禁?
「洋二がこの辺にいるんじゃないかってのは分かったけど、キョコは一緒にいるの?」
同じ疑問を俺も持った。どうも理不尽なところが多すぎる。ほぼ一方的に向こうから送られてくるメール、中途半端な場所、俺だけじゃなく真里にも送られてきた同じ内容、同じ受信時間のメール。何か罠でもあるんじゃないかと考えてしまう。考えすぎ?真里はというと・・・
「ここにいないんじゃないかなー。もっと別の場所にいる気がする」
そう言ったかと思うと、バス停に向かって歩き出した。ここにボーっとしていても何もないので真里に続く。来た方向へ戻る側のバス停だ。


───バス内にて。
「急に戻るって何で?」
本当に帰りのバスに乗って、来た道を帰っている。真里の意図が分からない。
「だから言ったじゃん。『ここにいないかも』って」
「まあ、そうだけど。根拠は?」
「ない」
いいきなりなんだよ!そんな、無意味に戻ってどうするって言うんだよ!人一人の事が掛かってるのに何を呑気に・・・。
「せんせー顔怖いよ。難しいこと考えすぎ。もっとリラックスしようよ」
言われてハッとした。全然冷静じゃなかった。マイナスに考えすぎていた・・・。真里に感謝。
「ああ、悪い。つい、な」
「ふふ、そんだけキョコのこと好きってことなんだろーけどねっ」
「はあ??」
何を言ってるんだ!って反論出来ない俺がいる。やっぱり好きなんだろうか?こんな時に不謹慎だが、心につっかえる。考えないではいられない。俺の『本当の問題』はこのことである。いや、このことが全部関係しているのだろうか?キョコは2、3年下の女子高生。ついこの間会ったばかり。その間・・・色んなことがあった。いきなり写メール撮られたり、カラオケのご褒美だと頬にキスしてもらったり、抱きしめたり、キスしたり・・・。好きになってもおかしくない。本当にいい娘だ。俺には勿体無いくらい・・・。でも、今は守ってやりたい。キョコが昔、初めてまで奉げた相手であろうと、許せない。絶対に許せない。
「せんせー、何さっきからぶつぶつ言ってんの?」
「い、いや何でもない」
「どーせキョコの事でも考えていたんでしょー?図星だ」
反論する前に言われた。うるさい、どうせ図星だ。分かりやすいさ俺は。
「さ、降りようか」
「え?」
もう着いたのか。ここはつい1時間前に俺が乗った場所だ。ということは?
「お察しの通り、キョコの家よ」
俺が質問しようとする仕草も見ない振りでつかつか歩いて行く。さっきまでとは明らかに別人の真里。何かあるのだろうか?とりあえずは着いていく。


「やっぱり・・・」
何と、キョコの家には灯りが点いていた。さっき来たときは消えていたのに・・・。誰もいなかったはずなのに・・・。でも、真里は何が『やっぱり』なのだろうか?
「キョコも洋二もあの中よ」
ぶー、ぶー、ぶー、
2人の携帯が同時に鳴る。多分、同じ内容だろう。
『今頃どこを探している?俺らはここだ。』
「ビンゴ」
静かに言い捨てると、真里はキョコの家のドアに近づき叫んだ。
「洋二!出て来い!何やってんだ!!!」
え?別人すぎるにも程がある。真里っていったい・・・何者?
「真里。止めるな」
静かな声が中から返ってきた。こうなることが分かっていたかのように・・・。
「何言ってんのあんた?!私ほっといたかと思ったら、元彼女のキョコを連れまわして、それで立て籠もり?!ありえないわよ!出て来なさい」
え?「私ほっといて」?そういえば真里とキョコと健と俺で遊んだときに愚痴ってたな・・・。ということは、真里の彼氏って、洋二?まさか・・・そんなことって・・・。中からは返事はない。
「あんた、まだキョコに未練があったの?!他の女と遊ぶのは構わないわ。最近忙しいのもしってたし、私と会えないのも分かってた。でもね、キョコにだけは手を出して欲しくないの。私の親友というのもあるけど、キョコを汚してしまったあんたにまた汚して欲しくないの。分かる?あんたがやってること、最低なのよ!?」
思うこと全部吐き出そうとしているのだろう。息をつくとすぐ続ける。俺は黙ってその光景を離れて見ている・・・。
「まず、キョコをせんせーに返して上げて。その後にあなたと話がしたいわ」
・・・・・・
数秒の沈黙。 中でなにやらがさごそ動いている音がする。キョコらしき声も聴こえる。
「・・・分かった」
何かの準備が出来たのか、洋二が中から答えた。その間、1分くらいだろうか。
バタン・・・
「せんせーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キョコが勢いよく飛び出してきた。勿論、俺に向かって・・・、て、キョコの位置から俺が見えるはずないだろ。
「ってどこ?どこどこ???真里、せんせーは?」
黙って俺のいる方向を指す。そして、
「せんせーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
再び。
「せんせー・・・」
何も言わず受け止めてやる。抱きしめてやる。そして、頭を撫でてやる。
「心配させやがって・・・」
「ごめんなさぁい・・・」
泣きじゃくるキョコ。頭を撫でて、ゆっくり撫でてやる。そして、少しだけ強く抱きしめる。こうしたかったんだ・・・。こうやって抱きしめたかったんだ・・・。そうか、やっぱり俺は・・・キョコが・・・。
 真里はというと、洋二を連れて何処かに行ってしまったらしい。




 今回の事は、真里の計らいのおかげで、警察沙汰にすることもなく収まった。何故、洋二がキョコを誘拐したのか。何故、真里が全てを分かったかの行動をとったのか。全く分からないままだが、キョコが無事だったからそれで良しとしよう。
 そして、キョコとの距離がこの日以来、更に縮まった気がした。そして、自分の気持ちがはっきりと分かった。それを伝えようと思う。まだ早いかな。早く言いたいけど焦らなくてもいいだろう。夏はまだ長いんだから・・・・・・








第11話