ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第11話






 「まぁ、入れよ」
「いやぁ・・・でも悪いですし・・・」
キョコが玄関先でオロオロしている。ここまで来て何を迷うことがあろうか・・・。
「せんせーのお家で勉強って・・・」
そう、今日は少し環境を変えてみようということで、ウチで家庭教師をすることになった。そんなに遠くなかったから出来た事だけどな。別に下心があってのことじゃないし、それが分かってるからキョコも承諾してくれたんだと思う。両親がいないから、彼女は、だから別にどこへ行こうと本人の意思だ。ただ、ウチの母親は仕事から帰ってくるまでいない。夕食はウチの母親が「一緒に食べていけば」ということで、ご馳走することになってる。
「お、お邪魔します・・・」
誰もいないって分かってるけど緊張した面持ちで玄関で靴を脱ぎ、揃える。そんなん俺が勝手に揃えるのにな。礼儀正しいのは忘れないらしい。
「うわー、これがせんせーの部屋・・・」
どうともとれない反応をする。「男の部屋に来たのは初めて」という反応かな?
「思ったより綺麗でよかった」
あら、そう?それは良かったわ。
「適当に座って・・・・って、健とかが家に来たんじゃないから、えーっと、待って」
お客様用の座布団を居間から持ってきて、テーブルの横に置く。そこにキョコがちょこんと座る。近いな・・・。キョコの部屋でやってたときは、勉強机みたいな感じだったので、こう座ることはなかった。ほぼ真横にキョコが。そんなに大きいテーブルじゃないから、本当にすぐ側にキョコが!
・・・とは言ってもキスしたことあるのに、場所が違うだけで気分も全然違う。勉強の環境替えのつもりが、そっちの気分まで変わってしまった。ドキドキする。ここは俺の部屋。そして母親は仕事でいない。帰ってくるまで何時間も余裕がある。アポなしでウチに来る様な輩も、健を除いてはいない。って何を考えてるんだろう・・・もしものことがあるとでも?馬鹿馬鹿しい・・・。今そうなろうとは・・・考えて・・・
「せんせーどうしたの?」
気付くと顔を覗き込まれていた。
「あ?いや、なんでもない」
ちょっと冷静に返すが、妄想バレバレだ。
「まーた、やらしいこと考えてたでしょー!もうせんせーったら」
こう言われるわけです。ばれましたか。
「『ばれたか』って顔してるよせんせー」
「ぶっ!」
「ほらー。せんせーって、すぐ顔に出るんだから、分かるんだよーだ」
おどけて見せる。だからねー、可愛いんだって、許して。
「あーキョコにはかなわないなー」
ここは俺が折れる。ちょっと甘えさせてやるか。
「さ、勉強勉強!時間は少ないぞっ!」
あれ?


───「そろそろ休憩入るか?キリもいいし」
「あ、もうそんなにやってたんだー」
「集中してたからな。頑張ったから、ご褒美」
「おおぉ?何くれるんですか??」
「キ・・・」
「霧が峰!」
それはクーラー入れろってことか?そういえば入れてないけど。扇風機だけだった。
「おいおい。違う違う。ご褒美って言えば、な」
ちょっとだけ誘ってみる。って何をやってんだ?
「はいはい、分かったよー」
マジで?これは、チャンスか?
「さ、て、休憩終わりっ。続き続きっ」
あれ?

 今日は何か違うな。もっと乗ってくれると思ったんだけど・・・。俺の欲望が先走りしてるだけなのか?そうなのか?「そうそう、その通り」と健に突っ込まれそうだ。
「そろそろ、帰ってきそうだね」
何故かキョコが、ウチの母親の帰宅を気にし始めた。何かおかしい。何故だ?
ぶー、ぶー、ぶー、
「悪い。ちょっとメール」
「はーい」
誰だよこんな時に・・・。健?あいつメールは必要最小限しかしない派なのに。
『キョコちゃんが今日来てるんだってー?ま、頑張れ、てか決めろΣd( ̄ー ̄*)』
・・・普段全く使わない顔文字なんか使ってやがる。決めろって何だ?決めろって。何?『食え』ってことなのか?『ヤれ』ってことなのか?それ以外考えられないが、出来るものなら俺だってしたいさ。でも、キョコの気持ちはどうなる?前、「抱いて欲しい」と言っていたが、あれは一時の感情だと思う。少なくとも俺はそう理解した。それに、あの時は、俺だって理性吹っ飛びそうだったし、欲望のまま抱いてしまいそうで嫌だった。
 ・・・今は?
『別に、何も頑張ることないし。』
一応、無反応で返しておこう。今の俺の気持ちは誰にも知られたくない。自信がないのかなまだ。でも、今はまだ暖めておきたい。純粋?純粋・・・。俺が、純粋?純粋な恋してるのか今?誰か教えてくれ・・・。でも、確かになってきているのは分かる。あの、洋二に誘拐された時から、抱きしめたときから、自分からキスしたときから・・・。いや、初めての笑顔を見たときから?この気持ちはいつから始まってるんだ?やっぱり最初から?それから少しずつ育って?
 「せんせー終わった?メール」
忘れてた。
「あ、ああ、健なんだけどさ、またしょうもないメールくれてね」
誤魔化し笑いで戻る。勉強再開か。
「あの人たまにメールくれるんですよー。でもせんせーのことばかり聴いてくるなぁ・・・なんででしょうね?」
いつの間に!しかも、何故に俺のことを聴くんだ。健よ。
「へ、へぇー。どんなこと聴いてくるん?」
「それは内緒ですよー」
「気になるなー。健、エロいから変な内容多いだろうね」
「いえー、けっこう紳士的で・・・」
嘘!あの健が紳士?!あ、でも女に対してなら分かるが。それにしても、俺のことを、ねぇ・・・。
「あら、そうなのかー、意外」
「かなり突っ込まれてるんですよね・・・。すごく詳しいところまで突っ込んできて、どう答えたらいいのか困ったり・・・」
それでも中身は内緒なんだろ。まあ、メールはプライベートな面だ。彼氏でもないのにそこまで突っ込むのもおかしい。それなら自分から言わせるように仕向けてみるとか・・・。
「今度、せんせー代わりに答えてくれません?」
「え?」
「だって、せんせーのことだから、せんせーに答えてもらうのが一番じゃないかと・・・。それに返事遅れすぎて、たまに返せなくて困ってるんです・・・」
「いや、でもそうしたら俺にそのメールの内容がばれるてか、知らなきゃ出来ない仕事だし」
「あ、でも、なー・・・。別に隠すことでもないんですけどね・・・」
何やら、内容よりもその携帯自体に問題ありか?と勝手に推理してみる。
「それなら、今どんな内容が来てるか読んでみてくれない?それに返事するつもりで返すから。そしたら問題ないだろ?」
「あ、そうそう、それがいい、うん」
確認するように何度も肯いていた。キョコ?
 キョコが健から来たメールの内容を要約しながら読む。それに答える。これが大まかな流れだが・・・。
「内容は濃いな・・・」
大体、「あいつ(俺)からどんなこと言われた?」「あいつってキョコちゃんから見てどうよ?」に始まり、「あいつのこと好き?」とエスカレートしていく。ストーカーかお前は。今度会ったらただじゃすまない。
「あ、このメールの内容言ったの健さんには内緒ですよ?全部読んだわけじゃないから、そうでもないかもしれないけど、一応『見せるな』って言われてるんで・・・」
撃沈。
「はあ、どうしたらいいんだろう・・・」
呟き、うつむく。何に悩んでるんだ?メールのこと?内容の答え?それとも・・・?
「せんせーの事ばっかり聴かれてるから、せんせーのことばかり気にするようになったんですよ最近・・・」
え?
「そしたら、せんせーのことばかり考えてて・・・。ちょっと切なくなります」
こんなに自分の気持ちを、俺の前で?本人の前でストレートに言える子だったのか?
「あ、そうそう、せんせーの昔の話とか聴きたいなぁ。昔の彼女の話とか」
「え?」
「どんな子と付き合ったのかとか気になってっ」
そういうのってどんな心理なんだろう?






第12話