ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第13話






 「・・・起きないな・・・」
確かによく眠っているキョコ。俺の膝の上で。母親はこの場面を見たらどう思うだろう?幾ら放任主義とは言え、キョコが来ている事を知っているとは言え、こんな場面を息子に見せつけられたらどう思う?時々、変な妄想癖があるからな・・・。しかし、気持ちよさそうに眠っているキョコを起こすのは忍びない。起きるまで待とうと思う。母親もそろそろ帰って来るが、部屋に来ないことを祈ろう。アホみたいだな・・・。
「う・・・ん・・・」
あのー・・・、やっぱりあんまり寝返りはうたないでほしいかなぁ、キョコさんよ。後頭部を掻きながら悩む。
 ガチャ・・・
「ん?」
母親が帰って来たようだ。荷物を置く音、どこに向かうでもなく習慣の如く台所へ向かう音。いつもの事・・・、この膝元にキョコがいること以外は。
「そういえば、夕飯は何だろ?」
どうでもいい事なんだが、気を紛らわせる為に気にする。お客が来て、一緒に夕食っていうの中々ないから、奮発していいもの買ってきたんだろうなー・・・、とか考える。きっとそうだな。もしかして、鍋物とか?
 そこまで考えて、ふと、思った。キョコの家族・・・?そういえば話は全然聞かない。一緒に鍋を囲んで・・・って考えてて、思ったこと。キョコの家族の事・・・。そういえば前に一度聞こうとして、やめたっけ?あれから、なるべく触れないようにはしてきたが、やっぱり気になる。
 高校生くらいの女の子が、誰もいない家に独り・・・。寂しいんだろうなぁ・・・。ウチで家庭教師をやってみないかという話を持ち出したとき、すごく嬉しそうだった。『家族』って愛情に飢えてるんだろうか・・・。俺だったらどうだろう?割と当たり前にいる家族。生まれたときから、今の今まで両親共にいる。いることが当たり前。「もし、いなかったら?」なんてこと全然考えたこともなかった・・・。小中高校時代の友人なんかで、様々な事情でどちらかがいない奴はいた。両方いないのはキョコが初めてだ。いったいどういう感覚なんだろう・・・。帰ってきても「おかえり」の返事がない家。食事を作っても「いただきます」が虚しく響く渡る家・・・。「おやすみ」を聴くのは、棚に飾られたディズニーキャラクターの人形のみ・・・。考えられない・・・。
 ウチは、両親共働きで俺の方が早く帰ることもあるから「おかえり」がないことはあるが、食事・・・で、1人・・・。ありえない・・・。キョコが、嬉しそうな顔をしたのが切に分かる気がする。相当楽しみだったんだろうな・・・。
 あ、眠くなってきた・・・。眠ってる人見ると眠くなるよな・・・。あくびが伝染する原理のおな・・・じ・・・・・・・・・



 「こら!起きろ」
痛っ!なんだー?
「あ、母さん」
「『あ』じゃないよ。キョコちゃん、先に下で待ってるよ。あんたっていつまで寝てるつもりだったの?何度呼んでも、あんただけ起きないんだから。キョコちゃんが『起きるまで待ちましょうよ』って言わなきゃ、叩き起こしてたところなんだけどね」
見かけによらず、この母親は素晴らしい事言ってくれるといつも思う。キョコがいなかったら、本当に叩き起こされただろうな。幾度となく経験あるし。
 渋々(いつも朝に大声で起こされた時のよう)、母親の後ろから階段を下る。どれくらい寝てた?・・・1時間半くらいか・・・。母の話(と言う名の小声の説教)によると、だいたい2,30分前に出来たらしい。冷めないのか?とか気になったが、今突っ込むと30個くらい愚痴が返ってきそうなので割愛。ああ、そうだ、キョコの家族の事考えてて、眠くなったんだな。キョコはいつ起きたんだろう・・・。
 今日の夕食は、すき焼きだった。思ったとおりの鍋物。しかも純和風。日本人で嫌いな奴っていないんじゃないか?って思うくらい、みんな好き。俺も好き。何人かでワイワイしながらつつくのが好き。これで父親もいたら、酒を持ち出して、一緒に飲むなんてこともあるだろうが、生憎、出張だ。女の子が家に来たとなれば絶対飲まそうとするんだろうな・・・。ウチに女の子が来たことはない。正確には、何度か俺が両親のいない時に連れ込んで・・・、いや、この話はいいや。母親に数度見られたことはあるが、そこは笑顔で交わしてくれた。本当にありがたい、いや、いい母親である。言うときはびしっと言うが、これが放任主義のいいところか。
 キョコは本当に嬉しそうに箸をつついている。すき焼きをやるのが何年ぶりかわからないくらい前らしい。としたら、自然と出てくるのが『家族』の話。母親である───幸(さち)は、息子の俺が、女の子を連れてきて(公言して)食事まで一緒というのが余程嬉しいらしく、年甲斐もなく大はしゃぎしている。見た目は30前半、事実40真ん中過ぎ・・・という、近所では『若いねー』とよく言われるウチの母親。子供っぽいような、そういう部分が大好きらしい父親───恵(さとし)。2人の出会いは・・・、と、ここからは、調子に乗った母親が、キョコに聴かせている。
「向こうがさ、最初に声をかけてきたのよ。大学時代、飲み屋でバイトしてた時に、お客さんとして来ててねー。店長の見てない時にこっそり番号渡してきてさ、『暇な時にでも電話してよ』って言って来てさー。あんなの初めてだよ。仕事中にナンパされたのねー!結構、帰り道とか狙って待ち伏せて、告白してくる人いたんだけどね。でも、仕事中に勇気ある行動だわ!あれでぞっこんよ、ぞっこん」
「そうなんですかぁー。凄い人なんですねー」
キョコは、ウンウンうなずきながら聴いている。『その手』の話に飢えている?それともただの聞き上手?そこは分からないが、キョコが喜んでいるならそれでいいか。母親がここまで嬉しそうに昔を話す姿を見るのも久しぶりだし。酒も入ってないのに凄い勢いで話している。
「そういえばさ、キョコちゃんのーご両親ってどんな人なの?」
「あは?私のですかー・・・」
少し影を感じた。
「いないんですよね・・・あはは」
「あーら、そうだったのー・・・」
母親も、まずい事を聞いたと声のトーンを落とす。
「ねぇ?よかったらさ、その話聞かせてくれない?」
「は?!」
俺とキョコ、同時に声をあげた。
「何で、あんたも驚くのよ」
「いや、それって、非常識だろーって・・・」
「え、あの、そんなことないですよ」
キョコが無理して笑ってると分かる分、尚更、引けない。が、母の権力には勝てない。
「聞きたいの」
のワガママな一言で一蹴されてしまった。母は強し。



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