ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第14話






 ──私の両親は、もう亡くなって、10年くらいかな・・・。その時の記憶が殆どないんです。小学校1年生くらいの頃で、物心は全然ついてたんですが、ある日、家に帰ったら知らない男の人と女の人がいて、『お父さんとお母さんは遠いところに行っちゃったから、今日からわたしたちが面倒を見るよ。いらっしゃい』って。連れて行かれたのは、小さな養護施設だった。ここから当時通っていた小学校までは遠くて通えないから、施設から近くの小学校に転校しました。両親がどうなったのか気にならなかったわけではありません。聞いてみたけど、何度聞いても『大丈夫だよ』と話を逸らされるばかり・・・。
 両親との思い出。たった7年間くらいの思い出。両親は本当に仲が良かった。週末になれば、家族でよく色んな場所に出かけたし、私を近所の仲良しのおばさんの家にあずけて、2人でどこかに出かけることも。そういう両親の元、幸せに育ちました。お父さん、私の幼稚園の入園、卒園、小学校入学のときには、会社を休んでまで来てくれたんですよ?カメラ持って、お母さんと私を一緒に写して・・・。本当にいい両親でした。そして、急に死んでしまった・・・。
 両親の死を初めて知らされたのが、小学校卒業の時でした。施設で育てられて5年・・・。今まで何を黙っていたんだろう?って。怒りもありました。でも5年も前のことで、記憶がほんとにないため、どこに怒りを、どのようにぶつければいいのか分からず、ただただ、泣いていました。わけがわからず泣いていました。自分の部屋に引きこもって。同じ施設に仲が良い男の子がいて、頭撫でてくれて、沢山慰めてくれました。嬉しかったな・・・。その頃からかな、頭撫でてもらうのが好きって気付いたのが。でも、頭撫でてもらってて、両親によく撫でられてたなーって記憶が蘇って、また泣けたんですよ。ずーっと撫でてくれました。その時が初恋でしたね。中学は違ったんですが、たまに会ってたりしましたし・・・。それって普通に付き合ってるってことですよね。ははっ。でも、お互いにシャイで、手をつなぐだけでドキドキして、目と目を合わせるだけで心臓バクバクで・・・。
お互い共感する部分がありました。それは、お互い両親を同じ時期に亡くして、何年もたった後に知らされた、ということ・・・。両親の思い出を話さないことはありませんでした。会うたびに、両親との思い出を話して、語って・・・。多分、そのおかげで、いつまでも忘れられないんですね、両親との思い出が。中学卒業の年、彼は遠くの学校に行くということで、別れてしまいました。お兄ちゃんで弟みたいな人だった。両親以外では唯一の肉親みたいな感じ・・・。自分達では『付き合ってる』って感覚はなかったんですが、大好きでした。今どこで何やってるんだろう・・って・・・。中学を卒業して、施設を出て、今のマンションに部屋を借りて一人暮らしを始めました。お金は、中学時代にコツコツ貯めてたんですよ。そのお金と・・・両親の遺産とか・・・。だから、いつも両親の側にいる、そう感じて暮らしてます──

「──でも、実際1人なんだから寂しいですよね」
話を終えると、キョコは黙って自分の茶碗をさげた。
「ごちそうさまでしたっ」
と、いつも通りの笑顔で。
「せんせー・・・が来てくれてね、全然寂しさなんてなくなった。せんせーも家族みたいなもの・・・だけど、ちょっと最近は違うかなって」
 キョコの両親の死因は未だに分からないそうだ。ただ『死んだ』と聞かされただけで。多分、今1人で暮らしてても、どこかで両親が生きてるのではないかという思いがあるのだと思う。だから、自分と親しくなった人を家族に重ねたりしているのだろう。分からないでもないけど・・・、ここまで現実味のある話を目の当たりにして、ショックがないでもない。キョコがそこまで複雑な事情を持って生きてきたなんて思いもよらなかった。前の・・・洋二の件だけでもじゅうぶんにショックだった。・・・苦労、してきたんだな・・・。
「さ、そろそろキョコちゃん送ってきなさい」
「ん?あ、ああ」
母さん、ちょっと泣いてなかったか?

「ほんとに、今日はつまらない話をしてしまってすみませんでした」
「ああ?そんなの気にするな。母さんも喜んでたみたいだし。それに俺も聞いてて、色々思うことあったし」
「そうですか・・・。こうやって両親の事とか家族とか話すの初めてなんで緊張しちゃいました」
キョコの笑顔には、久しぶりにぬくもりだとかに久々に触れたような・・・心の底から喜んでいるような、そんな笑顔だった。見ていて気持ちが良かった。
「せんせー覚えてます?私がさっき言ったこと」
「ん?両親の話の?」
「違いますよー。私がその話を終わったあとにぼそっと言った」
「なんだっけ?何か、両親の話がぐるぐる回ってて、ぼーっとしてたから・・・」
「そっか。ならいいですっ」
「は?え?気になる!」
「教えませんよーだ」
舌をぺロっとだして、走り出す。俺も、体が反応して、足が自然にキョコを追う。キョコは何を言ったんだろう・・・。母親は聞いていたのか?多分、あの時は母親も一緒に話を聞いていたから・・・。帰ったら聞いてみよう。「キョコちゃんに聞けば?」って言われそうだけど。

「せんせー遅い」
「ああ、お前が速いんだろ。俺、大学入ってから運動不足なんだからよ・・・」
「一応、運動部ですからっ!あ、今はやってないですけどね。中学時代に陸上を少々」
「短距離っぽいな」
「あったりー!」
「あはははははは」
こうやってるだけで楽しいな。キョコといると楽しい。今フッと頭によぎった。
「夏休み限定ってのが寂しいな・・・」

「今、何か言いました?」
「いいや、何でもない。てか、捕まえたぞ」
「あー!ずるいですよー」
「ほら、捕まえたんだからなんかくれよ」
「しょうがないなー」
と、頬にキスをする。胸がキュンとなる。「夏休みだけで終わりたくないな・・・」そう思った。
「じゃあ、見送りありがとうございました!」
「あ、ああ。部屋まで送ろうと思ったんだけど」
「あんまり遅いとお母様が『送りオオカミ』とか突っ込みますよ!」
そういう心配は、要らないんですけど。あの母親がそんな心配をするわけがない。
「ん、分かった。すぐそこだけど気をつけてな。また、次の家庭教師で」
「はーい、おやすみなさい」
ちゅ・・・
今度は、くちびるに軽く。あの、これって、『付き合ってる』って言うんじゃない?どうなんだ?教えてくれ、キョコ・・・。





第15話