眠れないんですけど! 最近、本当に洒落にならないくらい眠れない。無駄に悩みすぎて眠れない。別に夏休み中だし、次の日とか何もないし、どうせ彼女もいないし、寝不足は夏休みの一種の行事だし、何も影響がない(と言えば嘘になるが)。それにしても毎晩毎晩では精神的にも体力的にもきつい。おっさんじゃないぞ。 「せんせー、眠いの?」 「あー?いや、大丈夫。気にすんな」 「そう?何か疲れてる・・・って感じがする」 ご名答。でも、ここは虚勢はらせてもらいます。あまり心配かけたくない。 「大丈夫だって。芝居よ芝居。騙されてた?」 「え?!ひど〜い!せんせー!もー・・・」 痛いな。キョコの信頼が。まさか「キョコのことで悩んでて眠れません」とか言えないし。 「休憩にしようか」 だいたい1時間かそこらやったところ、休憩を入れてもいいだろう。 「はーい。お茶入れますね」 この娘は何を考えているのだろう?と時々疑問になる。毎日のように疑問に思っているから、どう理解していいか分からないが・・・。何で、家庭教師の時は凄く普通の『生徒』でいられるのだろう・・・。公私混同しない子?それとも、それがちゃんと割り切れていてしっかりしてる?じゃなきゃ、本当は、凄く溢れ出しそうな想いを抑えて・・・?という雰囲気ではないな・・・。というか、俺は何を考えてるんだ? キョコの家庭教師をし始めて、もう1ヶ月近く経つ。7月の終わり頃から始めて、今、もう8月の中旬を過ぎた。色んな事があった・・・。過ごした空気は、普通の『家庭教師』という関係を越えていると思う。キスもしたし、際どい場面も多々ある。傍目から観れば『カレカノ』という言葉が一番合ってるように思う・・・、自分で言って少し、恥ずかしくなる。 「あぢっ」 「ああ、こぼしちゃった・・・。熱いですよって言ったのに・・・せんせーって意外にドジなんですねーっ」 いや、そんなに笑わんでも・・・。その笑顔、可愛いけど、可愛いけど!抱きしめたいけど!彼女の本当の気持ちが分かるまで・・・俺の気持ちは? 「ああ、悪い」 キョコに拭いてもらいながら、情けなさに頭抱える。「はぁ、やっちまったよ」 きっと今の俺って顔が赤くなってるんだろうな。 「はいっ、ちゃんと拭き終わりましたよ」 「ああ、ありがと」 「どーういたしましてー!」 随分、手馴れた手つきだこと。と、いうか、家事全般に長けている?慣れているんだろうな。悲しいような・・・。 「さー、再開しましょうっ」 気合充分だな。微笑まずにはいられない。 「おーし、今日は終わるか」 「はーいっ」 終わったと同時に2人、伸びをする。「んーっ」 「ちょっと、今日は外で飯食いに行こうか」 「えぇ?」 思ってもなかった、というキョコ。 「でも、ちゃっかりいつもと違って夕飯の準備してないじゃないか」 「へへっ。私も、今日は外で食べたいなって思ってたの」 実は、今日家庭教師に来る前にそういう話をしておいたから、なんだが。 「でも、どこに食べに行くんですか?駅前には沢山食べる所はあるけど・・・」 「別に、特別な場所に行くわけじゃないぞ。普通の場所だ」 「”美味しいって評判の立ち食いラーメン”とかだと怒りますよ」 「おー、よく分かってるな」 「もー!今、怒るって言ったばかりなのにっ」 2人だけの時間がゆっくり流れていくのを感じた。でも、あと1週間くらいしかないんだよな・・・。家庭教師が終わるまで、あと、1週間・・・。キョコと『せんせー』の関係がなくなるまで、あと、1週間・・・。 「どうしたの?行こっ、せんせー」 この笑顔を見れるのも?あと?1週間・・・? 「健ー」 「おー、なんだ?電話とは珍しいな」 「どうしよ、あと1週間で夏休み終わる」 「あー?あと1ヶ月はあるだろうが」 「分かってくれ。俺らじゃない。キョコが」 「分かってて突っ込んだ。まぁ、お前が夏休みが終わる程度で悩むはずがないもんな」 悩みます。 「それで、何の相談を?」 「まぁ、他でもない」 「『どうしよー!?!?!』ってことか」 「うん。で、どうしよう?」 「ツッコミなしかよ!てか、ノリ悪いぞお前」 「だから、どうしよう?」 「そうっとう、重症だな・・・」 「うん。それで、どうしよう?」 「気持ち伝えて来い。以上」 プッ・・・ チャラララン チャッ チャチャラララン♪ 「冗談だって!」 「どうしよう?」 「俺の渾身のボケをこのアホは・・・」 自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。 「だから、今年は確か、9月1日まで休みなんだよ。キョコちゃんとこの高校は。てか、余程のお真面目私立さん以外は、だな」 「うん」 「だから、打ち上げ─とかなんとか理由つけて、遊びに連れて行け。んで、気持ちを正直に伝えて来い」 「うん」 「お前のことだ、今まで」 「うん」 「ちゃんと」 「うん」 「こ」 「うん」 「うっさい!お前、ボーっとしすぎじゃ!」 「うん」 「はー、じゃ、勝手にしろい」 チャラララン チャッ チャチャラララン♪ 「お前、メール送ってくるくらい余裕あるなら、中途半端な返事ばっかすんなよ!」 「うん」 「ラチがあかん。今から行く」 「いい。ありがとう」 プッ 「おい、出番少ねーな俺」 ─そして最後の家庭教師の日がやってきた─ |