ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第15話






 眠れないんですけど!
最近、本当に洒落にならないくらい眠れない。無駄に悩みすぎて眠れない。別に夏休み中だし、次の日とか何もないし、どうせ彼女もいないし、寝不足は夏休みの一種の行事だし、何も影響がない(と言えば嘘になるが)。それにしても毎晩毎晩では精神的にも体力的にもきつい。おっさんじゃないぞ。

「せんせー、眠いの?」
「あー?いや、大丈夫。気にすんな」
「そう?何か疲れてる・・・って感じがする」
ご名答。でも、ここは虚勢はらせてもらいます。あまり心配かけたくない。
「大丈夫だって。芝居よ芝居。騙されてた?」
「え?!ひど〜い!せんせー!もー・・・」
痛いな。キョコの信頼が。まさか「キョコのことで悩んでて眠れません」とか言えないし。
「休憩にしようか」
だいたい1時間かそこらやったところ、休憩を入れてもいいだろう。
「はーい。お茶入れますね」
この娘は何を考えているのだろう?と時々疑問になる。毎日のように疑問に思っているから、どう理解していいか分からないが・・・。何で、家庭教師の時は凄く普通の『生徒』でいられるのだろう・・・。公私混同しない子?それとも、それがちゃんと割り切れていてしっかりしてる?じゃなきゃ、本当は、凄く溢れ出しそうな想いを抑えて・・・?という雰囲気ではないな・・・。というか、俺は何を考えてるんだ?
 キョコの家庭教師をし始めて、もう1ヶ月近く経つ。7月の終わり頃から始めて、今、もう8月の中旬を過ぎた。色んな事があった・・・。過ごした空気は、普通の『家庭教師』という関係を越えていると思う。キスもしたし、際どい場面も多々ある。傍目から観れば『カレカノ』という言葉が一番合ってるように思う・・・、自分で言って少し、恥ずかしくなる。
「あぢっ」
「ああ、こぼしちゃった・・・。熱いですよって言ったのに・・・せんせーって意外にドジなんですねーっ」
いや、そんなに笑わんでも・・・。その笑顔、可愛いけど、可愛いけど!抱きしめたいけど!彼女の本当の気持ちが分かるまで・・・俺の気持ちは?
「ああ、悪い」
キョコに拭いてもらいながら、情けなさに頭抱える。「はぁ、やっちまったよ」
きっと今の俺って顔が赤くなってるんだろうな。
「はいっ、ちゃんと拭き終わりましたよ」
「ああ、ありがと」
「どーういたしましてー!」
随分、手馴れた手つきだこと。と、いうか、家事全般に長けている?慣れているんだろうな。悲しいような・・・。
「さー、再開しましょうっ」
気合充分だな。微笑まずにはいられない。

 「おーし、今日は終わるか」
「はーいっ」
終わったと同時に2人、伸びをする。「んーっ」
「ちょっと、今日は外で飯食いに行こうか」
「えぇ?」
思ってもなかった、というキョコ。
「でも、ちゃっかりいつもと違って夕飯の準備してないじゃないか」
「へへっ。私も、今日は外で食べたいなって思ってたの」
実は、今日家庭教師に来る前にそういう話をしておいたから、なんだが。
「でも、どこに食べに行くんですか?駅前には沢山食べる所はあるけど・・・」
「別に、特別な場所に行くわけじゃないぞ。普通の場所だ」
「”美味しいって評判の立ち食いラーメン”とかだと怒りますよ」
「おー、よく分かってるな」
「もー!今、怒るって言ったばかりなのにっ」
2人だけの時間がゆっくり流れていくのを感じた。でも、あと1週間くらいしかないんだよな・・・。家庭教師が終わるまで、あと、1週間・・・。キョコと『せんせー』の関係がなくなるまで、あと、1週間・・・。
「どうしたの?行こっ、せんせー」
この笑顔を見れるのも?あと?1週間・・・?

 「健ー」
「おー、なんだ?電話とは珍しいな」
「どうしよ、あと1週間で夏休み終わる」
「あー?あと1ヶ月はあるだろうが」
「分かってくれ。俺らじゃない。キョコが」
「分かってて突っ込んだ。まぁ、お前が夏休みが終わる程度で悩むはずがないもんな」
悩みます。
「それで、何の相談を?」
「まぁ、他でもない」
「『どうしよー!?!?!』ってことか」
「うん。で、どうしよう?」
「ツッコミなしかよ!てか、ノリ悪いぞお前」
「だから、どうしよう?」
「そうっとう、重症だな・・・」
「うん。それで、どうしよう?」
「気持ち伝えて来い。以上」
プッ・・・
 チャラララン チャッ チャチャラララン♪
「冗談だって!」
「どうしよう?」
「俺の渾身のボケをこのアホは・・・」
自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。

 「だから、今年は確か、9月1日まで休みなんだよ。キョコちゃんとこの高校は。てか、余程のお真面目私立さん以外は、だな」
「うん」
「だから、打ち上げ─とかなんとか理由つけて、遊びに連れて行け。んで、気持ちを正直に伝えて来い」
「うん」
「お前のことだ、今まで」
「うん」
「ちゃんと」
「うん」
「こ」
「うん」
「うっさい!お前、ボーっとしすぎじゃ!」
「うん」
「はー、じゃ、勝手にしろい」


 チャラララン チャッ チャチャラララン♪
「お前、メール送ってくるくらい余裕あるなら、中途半端な返事ばっかすんなよ!」
「うん」
「ラチがあかん。今から行く」
「いい。ありがとう」
プッ
「おい、出番少ねーな俺」


─そして最後の家庭教師の日がやってきた─




第16話