ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第16話






 ─そして最後の家庭教師の日がやってきた─

今日は家庭教師最後の日。キョコにこうやって勉強を見てやるのも今日で最後。これが終わったら、俺とキョコは、また、元のお互いを知らなかった生活へと戻っていく。
 ─というのがこれから待ってるはずの未来。でも、自分次第で、どうにでも変わるはずの未来。俺は、このままでは終わらせたくない。終わらせたくないんだ。自分の気持ちをはっきりさせて、それを伝えるまでは、終わらせたくない。女々しいって言われるだろう。それでも、この想いは純粋だ。はっきりしてるかどうか、疑問に思うところではあるけど、それでも嫌なものは嫌だ。これっきりは嫌だ。健も言っていたが・・・、打ち上げって名目で、遊びに行こう。そこで告白しよう。告白すれば、もっと気持ちもはっきりするはず。中途半端?分からない。でも、大丈夫。うん、大丈夫だ。

 大丈夫・・・だよな?キョコ・・・・・・


 「せんせー」
「ん?なんだ?」
「今日で最後なんですねー・・・」
キョコが寂しげに訴える、この瞳。これに応えてやりたい。
「あぁ、そうだな・・・」
勿論、俺も寂しい。今日で終わり・・・なら。
「せんせ」
「うん?」
「打ち上げー、しよっか」
思いがけないお誘いだ。本当は自分から誘うつもりだったのに・・・。同じこと考えてたんだ・・・。なんか嬉しいな。心がスッと軽くなっていく。今日はいけるぞ。きっと伝えられる・・・・・・確信した。
「ああ、俺も同じこと考えてた」
素っ気ないまでも、嬉しい気持ち一杯でOKを出す。
「ははっ。よかったぁ〜〜」
俺は、この笑顔が見たいが為に今まで生きてきたんだ・・・、と最近は切に感じている。これが本気の恋ってやつなのかな。胸が詰まるような想いってことなのかな。ずっと側にいて欲しい・・・。側でこの笑顔をずっと見ていたい・・・。
「せんせ?何、ボーっとしてるの?」
こうやって突っ込まれるのも板についてきたってのかな?そういう自分が笑えるよ、ほんと。
「さー、打ち上げの事はあと、あと。これ終わらせなきゃいけないんだから」
「はーいっ!」
今はまだ、先生と生徒だ。


 「あ、悪い、メールだ」
え・・・。送り主は『健』となっている。あれほど、家庭教師やってる時間には、携帯鳴らすなって言ってあるのに・・・。
「いいですよー。こことここをやっておけばいいんですよね?」
「わりぃな。ちょっと長いメールみたいだ」
「いってらっしゃいっ」
普段は無視するメールなんだが・・・。このタイミングで送ってきたからには何かあるんだろうか?いや、あいつのことだから分からない・・・。でも、今回が初めてだぞ、家庭教師の時間中に送ってきたのは。それに、件名が・・・、
『今日は決めろ』
ちょっと待てよ!1週間前に電話で色々言われた。俺はボーっとしていて「うん」くらいしか言ってなかったと思う。正直、あんまり覚えてない。健が言っていたことはなんとなくだが・・・「決めろ」ってことだろ?「言え」ってころだろ?それで、『今日はこういう風にエスコートして決めろ!produced by TAKERU!!!!』とか言ってすっごく長いメールよこしたんだろ?それしか考えられない。
『肩抜け』
はぁ??それだけ?というか、意味分からん!
ぶー、ぶー、ぶー、・・・・
また健か・・・?
『わっりぃ!ミスった!えーっと”肩の力を抜け”ってこと!そんじゃ、ガンバ!』
・・・泣きたくなってくるよ・・・。『ガンバ』って・・・。まぁ、ありがとうくらい言っとこう、ありがとう。メールは、あとで返すことにして、と。

「あとどれくらいかかりそう?」
「わかんないなぁ・・・。早く終わらせて、遊びに行きたいっ」
「おいおい・・・。遊びはいつでも出来るだろう?俺は何時でも構わんし」
「うー・・・」
「『勉強』を教えるのは一応、これで最後なんだから、焦らずじっくりやろうよ。どうせ同じことするなら、少しでも長くいたい」
本音がつい出てしまった。キョコに気持ちを悟られないだろうか?
「私も・・・」
・・・なんだ、この甘いムードは・・・。キス・・・したいんですけど・・・。何気にキョコも俺に体をあずけてるし・・・。『やっちゃえ』『まだ勉強中よ』心の中で葛藤する。いつものことだけど・・・。『今日で勉強は最後』と思うと、胸が詰まる。切ないなぁ・・・。うーん・・・。
 あと、30分くらいで終わりそうな感じだ。キョコはいつも通りのスピードで問題をこなしていく。さっき俺が言ったのがよほど効いてるのか?そんなに効果があるとは思えないけど・・・。まぁ、よかった。

 「おわったー!」
「お疲れー」
残り30分が終わるのがどれだけ寂しかったか・・・。こういう時に限って時間ってどんどん過ぎていく。嫌だな、嫌だな。
「あぁ、終わっちゃいましたね・・・」
「そうだな・・・」
2人で浸る。寂しさを共有する。それでも、あんまり『寂しい』と感じない。何故だろう・・・。なんか思うんだ。『キョコとはずっと一緒そうだな』って・・・。俺だけの思い違い?でも、離れる気がしない。どこにいても、何かでつながっていそうな気がする・・・。
「せんせ?」
「うん?」
「打ち上げ、行こっ」
「あぁ、そうだな」
どこへ行くんだろう・・・?キョコに任せることにはしている。どこに行くかは知らない。でも、どこに行っても、キョコと一緒だから楽しい・・・。

「はい、せんせー」
「ん?」
キョコは俺に手を差し出した。
「最後くらい、手は握って下さいよぉー」
おねだりですか。ちょっと照れるだろ・・・。
「はいよー」
内心ドキドキしながら、キョコの手を握る。そして、歩き出す。どこに向かって・・・?
「そこ右です」
いちいち、エスコートしてくれる。いつも歩いてる駅前をどんどん通り抜けていく。夏休み最終日ということもあり、高校生くらいの子達が沢山いる。だいたい・・・カップルとかが多いな・・・。勿論、社会人っぽい人もいるわけで、俺らはどう見えるのか?多分・・・彼氏彼女?そう見えるといいな・・・。帰る時には・・・心と心でつながってるといいな・・・。

──キョコも同じ想いでありますように・・・・
そう祈ってつないだ手を少し強く握り締めた。キョコの柔らかい手・・・。残暑が残ってるためか、この時間でも少し汗ばんでる。でも、心から暖かくなるような、気持ちが流れ込むような暖かさだ。気持ちいい、心地いい、ずっと握っていたい・・・。
「歩いてるだけで楽しいねっ!せーんせっ」
同じ想いだ・・・!何も言わなくても通じてる・・・!!
「せんせー」
「ん?」
キョコが足を止めた場所は、人気の少ない公園──いったい何を?






第17話