「せんせー」 「ん?」 ムードは充分にいい。というか、俺自身がこのムードに負けてしまいそうだ・・・。しかし、先に何か話を出そうとしているのはキョコ。俺も伝えたいと思う事はあるが・・・。 「私、せんせーの事が好きなんです」 とでも言うのか?ストレートに・・・。いや、期待をしてないわけじゃない。むしろ、この流れ的にそうなるはずだ。なるべきだ。なると・・・いいな。きっと、キョコもそれを感じ取っているはず。 「私、好きな人がいるんです」 「あ?あ、ああ」 呆気なく俺の期待は裏切られた。なんだ・・・相談か・・・。 「その好きな人って・・・、不器用なんですよね。私から誘わなきゃ、中々、遊びにも連れて行ってくれない。私の気持ちはとっくに分かってるはずなのに、私から瞳を閉じなきゃキスもしてくれない。でも、いて欲しい時にちゃんといてくれるし、私が甘えた時には頭も撫でてくれる、ちょっと照れながら・・・。そんな、何気ない優しさがある人なんです。まるで、せんせーみたいだね・・・」 「う、うん?」 キョコが何を言いたいのか、よく分からない部分もあるが・・・。女の子にとっては結構理想な奴じゃないか?そいつ。 「もう、やっぱり、間接的に言ったんじゃ、気付いてくれないなー。さすが、私が見込んだ人だけあります。ちょっと待ってて下さいね」 これから、誰かに会いに行くのか?俺と一緒にいるのに・・・。一緒に?まさか? キョコは、少しだけ離れたところまで歩いていくと、おもむろに携帯を取り出し、何やら電話を掛け始めた。・・・ったく、電話かよ・・・。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 「えっ」 鳴ったのは、俺の携帯だ。紛れもなく俺の携帯。マナーモードを外したままなので大音量で響く。 ピッ 「は、はい?」 「大好きです、せーんせっ」 プッ トコトコトコ・・・ 「分かった?せーんせっ」 「あ・・・・・あ・・・・・ああ・・・」 マジか?!夢じゃないよな?!!キョコが、このキョコが、俺のことを好きって・・・。間違いないよな?嘘でこんなことする子じゃないよな?やっぱり、信じられなくて、頬をつねってみる。痛い。これは夢じゃない・・・。 「女の子から告白させるなんて、せんせー、やり手だね」 つん、と俺の額を人差し指で突く。夢じゃない。 ─って待て。今日は、キョコにリードされっぱなしだぞ?元々は俺が打ち上げに誘うはずだったし、俺から気持ちを伝える、告白するはずだった。けど、全部キョコが持って行ってしまった。いいのかこれで?このままで。 「私と、付き合って下さい。私を、『家庭教師の教え子』としてでなく、『1人の女の子』として見て下さい」 ほら・・・、キョコの告白は続いてるぞ・・・。付き合ってくれって、1人の女の子として見てくれって・・・。お前の返事は決まってるだろ・・・俺の返事は・・・気持ちは・・・ 「俺は」 そうそう、自分の気持ちを言う番だぞ。 「はい」 キョコも、待ってるぞ、”YES”が返ってくるのを。 「いい加減なことはしたくないんだ。中途半端な気持ちで付き合いたくない」 はあ??何を言ってるんだ?? 「キョコのことは勿論、教え子っていうより、1人の女の子、として見てると言った方が近いよ」 今、自分が言ってることが一番中途半端だろ・・・。やめろよ・・・。キョコの事は大好きだし、付き合いたいし、ほら、ちゃんと言え。 「・・・・」 キョコが、なんとも言えない表情で俺を見る。正しくは『今言葉を発している、俺の体を借りた物体』を見ている・・・。俺の気持ちを少ししかかすっていない。『1人の女の子として見ている』この部分だけだ。後ろのは余計だよ・・・。 はっきりした答えを言っていない。振る前の言い訳みたいだ。 「キョコの気持ちはすっごく分かった。俺はそんな格好のいいもんじゃないぞ?時にすっごく冷たいって自分で思うこともあるし。話で楽しませることも苦手だ。そんな俺でもいいって言ってくれるなら、考えるよ。俺も、キョコの気持ちは大事にしたい」 おい!全然答えになってないぞ!キョコが不安がるじゃないか! 「ははー・・・。私の気持ちを分かってくれただけでいいんです・・・。ほんと、考えて欲しいとか、ワガママ言いません・・・。1ヶ月とちょっとお勉強見てもらって、色々遊んでもらって、こうやって、私の気持ちをちゃんと聴いてくれた。それだけで、胸がいっぱいです・・・」 今にも泣きそうなキョコ。抱きしめたい。俺の気持ちはこれだ!って抱きしめたい・・・。 「あはは・・・、せんせー、ここでお別れしようね。また今度会えたら、いいね」 手で口を覆い隠すように俺に背を向けると、キョコは走り去って行った。止められなかった・・・。俺の意識が戻ったときには、もう、深夜になっていた。あの後、どうなったか記憶に残っていない。ぽーんと穴が開いた感じがする。空いた感じがする。空虚・・・ 「で?」 「俺、とんでもないこと言っちゃった」 健に相談。 「なんでそこで止めなかった?抱きしめなかった?『俺の気持ちだ』って伝えなかったんだ?後悔するって分かってたんだろう?あほかお前」 どんな罵声を飛ばされてもしょうがない。どんなに悪く言われても何も言い返せない。自分の気持ちを言えなかった俺が悪い。キョコは・・・きっと、俺の言葉のままを受け取っただろうが・・・。 「あれ以来、連絡とってないんだよな?」 とは言っても、昨日の今日のこと。キョコと最後の遊んだのが昨日。気持ちを正直に言えなかったのが昨日である。 「ほんっと、家庭教師しただけの関係で終わったのな」 健、どこか怒ってる。 「ていうかよ、お前の携帯は何の為にあるんだ?さっさと連絡とれ」 「え?あ?」 おもむろに俺の携帯を取り出し、リダイヤルに残っていたキョコの番号を押す。 「お、おい!今は授業中かなんかの時間だろうが!」 お構いなしに応答を待つ健。 「あー、留守電?ってのかな。とりあえず、今は出れないみたいだ」 「当たり前だ!冷や冷やさせ過ぎだお前・・・」 「まあ、これで着暦は残るから、あとで連絡くれるだろ」 ぶー、ぶー、ぶー、 め、メールか?電話を切って、30秒くらいしか経っていない。 『学校から帰ったら連絡します キョコ☆ミ』 「おめでとー」 「何が面白くなさそうにしてるんだ?健」 「もう、ラブラブじゃないかー」 「はー、また振られたのか、どんまい」 「むかつく笑みだなー!こうしてやるこうしてやる!」 「甘い!」 俺は、胸の鼓動が抑えられず、年甲斐もなく、健とはしゃぎ回った。「キョコとはまだ終わってないんだ」その想いを握り締めて・・・。 |