ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第18話






 キョコからの連絡を待っている。今日は、始業式の後、休み明けのテストがあるらしい。ということは何時だ?部活はやってなかったから・・・。うーん・・・、9月の内は生活の時間帯が違っちゃうから、遅くなるか?友達と他に約束とかしてるかもしれない。
 そういえば、これから勉強とかどうしていくのだろうか?キョコはしっかりした子だ。俺がいなくても、ちゃんとやっていくだろうし・・・。
 ところで・・・、あれだけちゃんと出来る子が、何で家庭教師を依頼したんだ?勉強を見ていて分かったけど、俺がああしろこうしろ言わなくても、ただ見てるだけでよかったし、おちこぼれとは程遠いことが分かる。俺が見たから、成績がグンと上がることもないだろう。元々の標準が高そうだし。俺が見る必要なんてあったのだろうか?って疑問に思う。今になって。家庭教師してるときは、夢中でそんなこと考えもしなかった。キョコに夢中で?教えるのに・・・?
 よく考えると、最初にひと目見た時から勉強は二の次だった気がする。毎回、キョコに会いたくて、ひと目あの笑顔を見たくて・・・。それでちゃんと給料もらってるって言うんだから・・・、駄目な『せんせー』だな・・・。
 それが、今キョコは俺を『1人の男性』として見ている。『好きだ』とも言ってくれた。家庭教師としては半人前未満の俺を、好きになってくれた。色々と話もしてくれた。俺の事、話を真っ先に聴きたがった。そんな、そんなキョコを・・・俺は・・・何故か、中途半端に突き放してしまった・・・。
 ぶー、ぶー、ぶー、
キョコのメッセージを乗せた携帯が鳴った。俺には分かる。キョコ以外にありえない。
『今学校が終わりました』
簡単に書いてあるが、時間を見ると、学校が終わってすぐメールしたのか?と思われる。多分、たった今、リアルタイムで終わったのだろう。
『お疲れ様。俺はまだ家にいるけど。』
いつでも出かける準備は出来てる・・・。キョコにも伝わるはずだ。
『そうなんですかぁ♪ウチに来ます?』
『ああ、30分ぐらいで行く』
『お気をつけて キョコ☆ミ』
たった2,3通のやりとりだったが、確かに何かを感じた。少しだけ顔が綻んだ。これから会えるのだ、と思うと・・・。

 母親には、遅くなるかもしれない、と告げて出てきた。特になんの心配もしちゃいないと思うが。
 大体・・・20分もあればじゅうぶん着くと思う。実質、乗車時間はそんなにないし、ウチから駅も下車駅からキョコのウチもそんなに遠くない(要するに上手い具合に電車があるかどうかである。)  だいたい二駅先なので定期も買っていない。切符を買い、5分後に来る電車を待つ。平日と言うこともあり、夕方と言うこともあり、高校生らしき人影が目立つ。ちょうど下校時間くらいだ、当然と言えば当然。向かい側のホームから、キョコの高校らしき制服をちらほら見かけた。キョコはもう帰っているのだろうか?今降りてきた高校生が恐らく最前列(?)だと思う。ほぼすれ違いに電車がこちら側のホームに入ってきて、向かい側のホームの高校生達を隠した。

──電車の中。
少しずつ自分の胸の鼓動が大きくなっているのを感じることが出来る。流れていく景色が、一瞬、キョコの住むマンションを映した。更に高鳴る。ちょっとだけ、顔が紅潮しているのか?クーラーの効いている車内なのに、頬の周りだけ暖かい。周囲に見られたくなくて、軽くうつむく。

「あれ?先輩じゃないですか!」
聞き覚えのある声だ。これは・・・?
「どうしたんですか?こんな所でこんな時間に」
晶だ。健の妹の晶だ。
「あ、お?晶か。ビックリした」
「何、下向いてたんですか?」
「あ、いや・・・何でもない」
一つ前の駅に着いた。この駅も帰りの学生達が乗ってくる。・・・あまり入れ替わりはないので増えるだけで混雑し始める車内。高校生のおしゃべりの場と化す。
「先輩、どこまで行くんですか?」
「次で降りるよ」
「私もなんですよ〜。奇遇だなぁ〜」
そういえば・・・、
「あら?彼氏・・・小野君は?」
「今日は、別行動してますよー」
「え?」
「ちょっと遠くに出かけてるみたいです、友達と」
まあ、まだ夏休みだし、前半バイトで稼いだ金で友達と旅行なんてのもあるだろう。でも、晶を連れて行かないのか?俺だったら真っ先に彼女との旅行に使うだろうが。
「3泊4日くらいだそうです」
ちょっとだけ悲しそうにうつむく。やっぱり一緒にいれないって辛いんだろうか。いつも元気な晶も、今日はどこか儚げだ。俺を見つけた時にどこかしら安堵の表情を浮かべていたのは間違いなかった。
「友達と約束?」
「いえ、1人でぶらりと買い物でも行こうかなーって・・・」
小野君と何かあったか?さっきから少しずつ愚痴が介入してる気がする。健と知り合ったばかりの頃から知ってるから、妹みたいでほっとけないところはある。
「あ、着きますね。降りましょう」
晶に先導されて、降りる。キョコとの約束は何故か・・・、小さくなっていっていた・・・。



「あれ?」
降りた後、ブラブラ歩いて、お茶して・・・、
「どうしたんですか?」
「何か大切なことを忘れてる気がする・・・」
遅い。もう晶と楽しんでいた。思い出そうとしても中々頭が切り替わらない。
「そういえば、先輩って何しにここで降りたんですか?そういえば、いつもなら家庭教師する時に降りるんですよね?」
家庭教師・・・家庭教師・・・あっ!
「悪い!晶ごめん!俺行くわ!」
咄嗟に掴んだ千円札二枚を起き、走り出す。キョコだ・・・キョコ・・・。ああああああああああああ〜〜〜!!!なんだ今の今まで晶と楽しんでたんだ!もし、晶じゃなくて普通の知り合いの子だったら迷わず行ってたはずだ。晶は・・・、本当に大切な妹みたいな子だから、その子が・・・って言い訳を考えてる暇じゃない!急がないと!キョコが待ってるだろ!もう2時間も遅刻してるじゃないか!キョコが、昨日の事でどんな寂しい思いをしてるって分かるだろ・・・、晶には悪い・・・・。今はキョコが大事なんだ。大事なんだ。大事なんだ!
 駅からそんなに離れてないところでよかったと思う。キョコの住むアパートは、すぐ近くだ。晶に会う前の緊張、胸の行動が不意に蘇る。何度も何度も胸打つ・・・。
 息切れていた。酷く、息切れていた。キョコの住む部屋の目の前で・・・、壁に手をついて、しばらく休む。しばらく運動してないから、そんなに走ってないはずだけど・・・、酷く疲れた。それでも、キョコの笑顔さえ見れば、一気に晴れるだろう、そう確信できた。

 チャイムを押そうと手を伸ばすと、
「せんせー?」
奥から声が聴こえた。キョコの声だ(当たり前だが)。
 ガチャッ
鍵が開く。
「いや、そのままで話を聴いてくれ」
今、顔を見てしまうと、また前みたいに、変なこと(では済まない)を言ってしまって、後悔してしまうかもしれない。
「キョコ、昨日は、本当に失礼なことを言った」
「え・・・」
「あれは・・・、俺の本心じゃない」
「え・・・」
「俺が・・・、キョコを傷つけて平気でいられるはずないだろ。それは分かって欲しい」
「はい・・・」
今、きっとキョコは少し安心した表情でいるだろう。声から分かる。
「なんていうか、まどろっこしいのは嫌だから、率直に言うとね、俺は」
迷いは・・・ない。
「キョコが好きなんだよ誰にも渡したくないくらい」
一息に言い切った。この方がいい。とにかく、早く楽になりたかった。
「せんせ・・・」
「そういうこと。昨日は・・・ごめん」
 ガチャ・・・
小さく玄関のドアを開けて、キョコが中へ招き入れる。もう・・・迷うことないんだ・・・、そう思うと想いが溢れ出して来て、キョコを強く強く抱きしめていた。キョコも俺に全てをあずけていた。ひと夏の・・・想いが花咲いた瞬間だった・・・。




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