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ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第19話




 「はぁ??」
「うるさい」
健の思ったとおりの反応。こいつだからこそのこの反応。特別、この後の返答を考えていたわけではないが・・・。
「その時に終わってるもんなんだとずっと思ってた」
「終わってないものは終わってないんだ。別に、とりたてて騒ぐ必要もないだろ」
いや・・・、正直、内心焦りを感じていた───

 キョコと付き合い始めて1ヶ月近く経っていた。明後日から後期の講義が再開する。この1ヶ月は、平日は大体バイトをして、休日にキョコと会うようにしていた。キョコは・・・相変わらず『せんせー』が抜けないようで、俺はそう呼ばれている。
 別に強要はしない。キョコがそう呼びたいのならそれでいい。関係は『恋人』なのだから。ただ・・・、カラオケに行くたびにあの曲を歌わされるのは、そろそろ勘弁して欲しい・・・。初めてキョコとカラオケに行った時に、歌わされた曲・・・。
 キョコには相当『ツボ』だったみたいだ。カラオケの度に、最後の締めに・・・と歌わされている。そのせいだろうか?あの曲だけ、妙に上手くなってしまった。・・・なぁ?
 話を戻すと、「はぁ??」という、予測できた健の反応の根源の事だが・・・。
「あれだけイチャついた話聴いてたのにまだエッチしてないっておかしいって!」
ということなのである。
 勘違いされた方もいると思うが・・・、やっと想いが通じ合った日、ただ、肩を並べて隣に座ってずっとずっと話していただけ・・・。
 好き合ってる者同士が一晩中一緒にいて、何もなかった方が嘘だろと世評。俺も不思議だと思う。話していて、何度も押し倒したい衝動に駆られたし、キョコも拒まないというのは分かっている(前の事もあるから)。何故・・・そうしなかったのか・・・。
 ともかく、何一つ浮いた話(?)なく、絵に描いたように純粋にラブラブ街道まっしぐらである(死語ばかりで申し訳ない)。
 正直・・・、キスまでの関係である。お互い童貞・処女ではない。キョコも何度か、俺に「抱いて」と言ったこともある。タイミングさえあれば、いつでもキョコの中に入っていくことは出来る・・・、キョコの全てを抱きしめることはできる。なのに、この約1ヶ月、そんな雰囲気になることもなく、ただ一緒にいるだけ。それだけで幸せだ。・・・抱きしめて全てを奪ってしまいたい気持ちにならないか?と聴かれたら、「NO」とは絶対言えないが。
「あれだけ可愛い子が彼女なんだから、それにキョコちゃんの方は覚悟はとっくに出来てるんだから、お前が抱きたい時に抱けばいいじゃないか」
「馬鹿。雰囲気とかタイミングってのがあるだろう」
「2人きりになる場面なんて幾らでもあるだろ?雰囲気は自分から作れ。抱きたいんだろ?好きなんだろ?全部見たいだろ?」
順番を言えば、「好きだ→全部見たい→抱きたい」にしておいてくれるとありがたいが・・・。好きだし、全部見たいし、抱きたいよ。それでも、今はその時じゃないと思う。
「お前のことだから、わけの分からんことで渋ってるんだろうな」
「『渋る』ってのは意味が違うだろ。とりあえず、今は分からん」
自分でイライラしているのが分かる。やっぱり抱きたい。苦悶の毎日であることも確か・・・。だから、こうやって健があーだこーだ言うわけで、俺には何も言えない。
「さっさとやっちまえ」
投げるように言うと、「たまってんだよ俺はこのやろう」
「風俗にでも行って出して来い」
「ちょうど澤村に券もらってたんだ。一緒に行ってくるわ」
「金持ちやね」
本当に行く気があるとは思えない。こいつは風俗嫌いなはずだが・・・。
「とめんなよ!」
心底止めて欲しそうだ。堕ちる所まで堕ちるのが嫌だ、って目をしている。だが、あえて、
「ちゃんと帰って来いよ」
微笑んで送り出す。こいつは行きゃしないよ、きっと。
「言っとくけど、この風俗店、『妹』なイメクラだからな!」
どうでもいいから早く行ってくれ。
「あとで一緒に行きたいって言っても無視だからな!」
お前以上に俺は風俗は嫌だ。
「あとで、た〜〜〜〜っぷり、気持ちよかった事とか事細かに説明してやるからな!」
行きたいのか行きたくないのかはっきりしてくれ。手がドアにかかってないのに口は思いっきり走ってるよ。
「とにかく俺は行くからな!妹とイチャイチャしてくるからな!」
晶じゃない妹を作るつもりか。自分で言ってて頭混乱してるよな絶対。
「なんで、そんなに急に荒れてるんだ?」
多分、そう聴いてもらいたかったんだろう。
「よくぞ聴いてくれた」
やっぱりそうなるか。「もっと早く聴けよ」
「文句言うな。あれだけ聴いて欲しそうな目されて聴かない俺じゃない」
「やーさし〜〜〜」
「きもい」
「まぁ座れや」
「ここ、俺の部屋ね」
健が話した内容とは・・・?

「ってことで、ムシャクシャする」
 要約すれば──今、好きな女の子がいるが、中々上手い具合落とせない・・・ということではなくて、俺のはっきりしない態度だとか、晶が上手く行ってるのかどうかだとか、そういうのが気になって心配だそうだ。
 晶の事はともかく、俺の事はほっといてくれてもいいんだが・・・。
「とりあえずは、お前はやっちまえ」
心配してるのか、何も考えてないのか、どっちかにして欲しい。

「そうなんですかぁ〜健さんが」
俺は、付き合ってもあんまり電話はしない。メールで済ませるか、よっぽどのことなら時間作らせて会いに行く。でも、今夜は電話することにした。実際、会ってでは話しにくい話題だと思ったからだ。
 健のことを先に持ってきたが、本題は健の悩みではない。というか、健があそこまで悩むのも珍しい、自分以外のことで。
「健さんも妹さんの事で心配なんだよ、きっと」
ちなみに、俺がキョコを全く抱く様子がないことでも変に苦悶していることは話していない。その内・・・いや、今、電話してる内に話すことになるだろう。
 キョコは元から話をするのが好きだ。だから、10分やそこらじゃ終わらない。それなら会った方がいいと思うが、キョコにしてみれば「電話で話す嬉しさがあるの」ということらしい。だから、1週間に数回、かけたりキョコがかけてくれたりとしている。お金がかかるから・・・とさすがに1時間も話す事はなかったが・・・。今は・・・そろそろ30分くらい経つ。
 本当に他愛も無い話を交わしながら、最初の10分は過ぎたが、いつもならここで切る。しかし、俺がのばしのばしにしてる、という感じだ・・・。我ながら気色悪いことを──
「あ、もう30分過ぎちゃったみたい。今日は沢山話したねー」
「あ、そういえばそうだな」
同じ「あ」でも、気付いた「あ」と知っていた「あ」では違う。俺はまだ本題を話してない。無駄に話をのばしてた・・・。
「でも、今日『せんせー』沢山話振ってくれたね〜。嬉しかったよ〜。いつもそこまで話さないのにね」
 心底嬉しそうな笑い声。可愛いんだよなこの声。この声の・・・、その・・・、感じてるときの声が聴きたい・・・とは思う。どういう反応するんだろうとか・・・。
 例えば・・・、1人で、足すときに、キョコがそういう反応をする所を考えたり・・・、妄想に耽ること・・・。誰にもあると思う・・・。それをキョコに言ったら引くだろうか?キョコを抱きたくてしょうがなくて、毎晩のように1人で妄想に耽ってる・・・って言ったら・・・。どういう反応をするだろう?キョコだったら・・・。
 キョコだったら、きっと笑ってこういうんじゃないかと思う、きっとね。

「そんなせんせーも大好きだよ」

こう言ってくれるってわかるから・・・俺もキョコが好きだ。聴かなくてもいいかー、と思い直した。愚問ってやつだ。
「キョコ」
「はい?」
「ありがとう。ちょっと長めに話に付き合ってくれて」
「そんな、気にしなくていいよぅ」
そう言ってくれるからありがたい。安心できる。
「楽しかったよー。電話って不思議でしょう?普通に会って話すのとは違う楽しさがあるのっ」
キョコと話すからだ。そう心から思える。
「せんせー」
「うん?」
「来週会った時・・・、ちゃんと準備しますよ」
「えっ?」
「おやすみなさいっ」
え?!準備!もう切れていた・・・。




第20話