ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第2話









「立川 恭子さんね・・・今何年になるんだっけ?」
「今高2だよっ せんせーは何歳??」
「大学の2回生だ」
「どこの大学なの??」
「ここから西の方に4駅くらい行って降りてすぐの所だよ」
「西・・・あぁー立町方面?!ってことは・・・あの大学かぁ!頭いいんですねっ」
実は色々と聞くことを考えていたのだが、殆ど一方的に質問を受けている。ただ、この子が楽しそうなので甘んじて身を投じる。
「もーせんせーっ」
「ん?なんだい?」
「恭子さん恭子さんって・・・ついさっき『キョコって呼んでね』って言ったでしょーっ」
ちょっとだけぷーっと頬を膨らませる。かわいいな・・・。
「あーごめんごめん・・・ちょっと慣れて無くてさ・・・」
「女の子に面識がない、とか??」
「そこまでないってわけじゃないけど・・・でも今日初対面なのに名前に『ちゃん付け』で呼ぶって照れるよ」
「あははっ カワイイねっ」
そんな会話を進めつつ、ちょっとずつ溶け込んでいく。時折見せる彼女の笑顔にたじたじになりながらも違和感無く話が出来るようになってきた。
「こんな感じで勉強を進めていくんだけど、何か質問とかある?」
すると彼女は、ちょっとだけ腕を組んで考える振りをした後、
「うん、これでいいよー。私が頑張るだけだしね」
納得したように肯いた。

「教科書なんかはこっちで用意するから。割と安くていい奴を選んでるんだ」
「そぉなんだぁー」
あまり興味のなさそうな様子ではなく、身を乗り出すように「うん、うん」といちいち返事をしてくれる。俺としては話しやすい。
研修の時にもらった『指導要項』を時々頭の中で確認しつつ、話を進めていく。
「・・・今日はこんなもんかな」
「うん、うん、分かりましたっ」
一息つく意味も込めて、「お疲れさまっ」と冷蔵庫で冷やした麦茶をコップに氷を入れて出してくれた。
一気に一杯目を飲み干し、「ふぅ」
すぐに2杯目を注いでくれる。
「あ、ありがとう」
「いえいえどういたしましてっ」
喉が渇いている。2杯目も一気に飲み干す。
「ひぃっ 冷たい・・・」
さすがに頭にキーンと来た。ちょっと痛い。
「あーせんせードヂなんだから・・・」
クスクスと笑う。屈託の無い笑顔ってこんなんだろうなって思う。
「こんなにしてたら彼女なんて出来ませんよーせんせー」
「あー、分かるか・・・。今いないんだよねー」
「あっ、そうなんだー。ちょっと失言っでしたっ」
ちょろっと舌を出し、後頭部を左手で押さえる。自然だ。
「でも、いないのかー。意外かも?!」
「ええ?なんで?あんまりモテる方じゃないのは確かだけど」
「あははっ。いやー、モテないのは私も一緒だな〜」
笑いながら言えるってことは結構モテるんじゃないか?と思ってしまう。こんなに表情が豊かで、よく笑い、声もカワイイと思う。そんな子がモテないとは考えられない。偏見かもしれないが、もしよければ俺も付き合ってみたいって思ったのは内緒だ。
「でも、キョコちゃんみたいなのがモテないってわかんないなー」
「へへ?そうかなぁ〜。今まで付き合った経験とかもあんましないしなぁ・・・、そういうせんせーは??」
痛いってその質問。てか、カワイイってその瞳の向け方。
「まぁ、もう20だし、それなりに付き合ったことはあるけど・・・」
『経験豊富』と言えば、健が腹を抱えこんで大爆笑するだろう。あいつは俺の女経験が少ない事をよく知っている。あいつは浮いた話はたまに聞くが、不思議と嫌いって奴がいない。ちょっとお節介焼きな所が時々うざったいが。
「経験豊富な方ではない、と・・・」
指に唾をつけ、もう片方の手の平で『メモメモ』する。小ネタ・・・?
「ああーそうだよ。少ない。少な過ぎるさ」
自分より3つも下の女子高生に見破られてしまったので、少しは頭に来る。でも悪気はないだろう。
「あー拗ねたー。ごめんねせんせー」
ちょっとおちょくられた気分だが、カワイイから良しとしてみる。俺ってつくづく年下に甘いんだ・・・。
「初体験はいつですか?」
面白半分で聞いてきているのも分かってる。
「高校3年くらいかな」
「あら、普通なんだね〜。ほうほうほうほう」
再び『メモメモ』。いちいちカワイイ。
「そういう君はどうなんだ?彼氏とか居そうだけどなー」
「だからモテないちゃんなんですよー私」
「女子高とか?そういえばどこの高校だっけ?」
「女子高じゃないですよ。ここからちょっと遠いですけど、共学ですね」
意外だな。女子高なら同性にモテまくりとかあるだろうけど、でも、近辺に男子校とかないし、共学でこんな子でモテないってあるんだろうか?
「へぇ〜。いや、でも意外だなー。彼氏とかいないんだったらちょっとお願いしたいって思ったりな」
心で思ってたことをつい言ってしまった。
「えへへ〜じゃあ、せんせー彼氏になってもらおうかなー。って初対面にトキメクなんてせんせー軽いんですねー」
ちょっとギャグになったってところか・・・。でも反論できないのは、何故?
「以前、いたことはあるんですけどねー・・・」
ちょっとだけ憂いを帯びた口調になる。突っ込んじゃいけなかったかな・・・。
「でも、片思いだったのかな、私の。ははっ、2ヶ月くらいで自然消滅しちゃったのね」
それでも笑顔で話を続けるキョコ。ちょっと安心できた・・・。
「大変だったんだね・・・」
それしか言うことが出来なかった。自分の体験を思い出すと、そこまで切ない想いをしたことがない・・・。することも一応一通りやって、お互い冷めてきた頃、別れる。これが少ない経験上ではあるが、これがパターンだった。


───18時。
「まだ明るいけど、とりあえずは今日はこれでオシマイ。お疲れな」
「はぁいお疲れ様でしたっ」
玄関まで見送ってもらう。
「次は明後日になるけど、今日と同じ時間に来るよ」
「わっかりましたぁ〜」
敬礼っ。
「今日は楽しかったよーせんせー。今度、せんせーの『コイバナ』も聞かせてね」
「おいおい、ちゃんと勉強しないとー、俺も一応お金もらってやってるんだし・・・」
「わ、分かってるよー。でも、今日みたいな感じに、色々なお話をしながらやってくと楽しいと思うよー。せんせー話しやすかったしね!久々にいろいろ話せて、よかったよーありがとうございました!」
「考えとく」
ちょっと軽く返した。あんまり正面で見てると照れる。
「また明後日ね!」
「ああ、またな」
見えなくなるまで彼女は手を振ってくれた・・・が、
「せんせー!待って!!」
キョコが、まだ着替えてないセーラー服のまま走ってくる。さっき手を振ってバイバイってしたばかりなのに、何があるんだろ・・・、と待ってると、
「がしっ!せんせー忘れ物ー!」
肩を組むように手を絡ませて、
「ハイ、チーズ!」
ピースを強制させられた。
「?!」
カシャッ・・・
「え?な、なんだ?!」
するとキョコは、手に持っているものを差し出して言った。
「せんせー、これこれ。携帯だよ」
「へ?え?ん??」
全く現状が理解できない。
「せんせーと写真撮るの忘れてたのー。これ後でメールで送るね!気をつけてねー!!」
来た方向へ、靴が脱げそうになりながら走っていく。
「やられたー!」
でも、ちょっと嬉しそうに微笑む彼女の顔が忘れられず、今度は俺が彼女を見送った・・・



第3話