ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第21話




 「こ・・・これは・・・」

『はっぴぃば〜すでぃ♪』

と、大きく天井から下げられた幕。・・・え?
「ウンっ!今日は、せんせーの誕生日でしょ?だから・・・、準備してたの」
マジですか・・・。忘れてたよ自分の誕生日・・・。というか、なんて言ったらいいか分からない・・・。背中がゾクッとした。何かが背中を走った。すっごい衝撃。
 体温があがっていくのが分かる・・・。体の芯から熱くなって来るのが・・・。
「せーんせっ」
呆然と突っ立ったままの俺の肩にキョコがもたれかかる。
「お誕生日、おめでとーっ」
耳が火をつけたように赤くなるのが分かる。キョコも赤くなっている。そっとキョコの肩を抱く・・・。 「・・・玄関だから、入ろうか」
「あ、うんっ」
何て言ったらいいんだろう?『準備』と聞いて直にキョコを抱いてしまっていた自分が恥ずかしかった、幾ら想像の中でとは言え。

 用意されていたのは、本当に簡単な食事。極めて純和風な食卓。ご飯あり、味噌汁あり、メインは?あれ?これだけか?あと・・・漬物・・・たくあんかな?て、いうか、夕飯?朝ごはん・・・。こんなに質素なご飯は初めてだ。
 キョコに夕飯をご馳走になることは何回かあったが、カレーだとかシチューだとかハンバーグだとか。俺の好みを考慮してくれていた(小学生みたいだとか思わないで欲しいが)
 どっちかというと俺は和風が好きだ。ご飯と味噌汁、だとか。納豆なんかも好きだ。煮込み物なんて毎日でも食べたい。にくじゃがだとかいいんじゃないか?
 誕生日にこの食事ってどうなんだろう?まあ、キョコの味噌汁は美味しいからいい。
「急いでたから、じゃないよ。お味噌汁食べて欲しかったの」
「なんで?」
「将来、毎朝作ることになるかもしれないじゃない」
「ぶっ」
不意打ち。これは不意打ちだ!ちょうど味噌汁を飲んでる時に!狙ったのか・・・?
「ああ、もう、汚いなあ・・・」
目の前にあったティッシュで俺が噴き出した味噌汁の粒を拭き取る。なんだ?この甘いムードは・・・。新婚ホヤホヤのムードは・・・。
 駄目だ、負けそうだ・・・。キョコが愛しい・・・。抱きしめたい、抱きしめたい、抱きしめたい、抱きしめたい・・・。
「せんせー?今キョコを抱きしめたいって思ったでしょ?」
「はっ?!」
「すぐ、顔に出るんだから・・・。正直ねっ」
抱きしめたいんだよ・・・。
「ほら、またあ」
考えてることがバレててもいい。ここにはキョコがいて、確かにそのキョコを抱きしめたいと思う俺がいる。俺はお前を抱きたいんだ。
「プレゼント・・・渡さなきゃね」
このタイミングだとどうしても考えてしまう。「プレゼントは・・・わ・・た・・し・・」アホな男の誇大妄想だが、無理もないぞ。切に語らせてくれ。誰でも思うことなんだから。
「せんせーに、何をあげようかなって考えて、考えて。少しずつバイトして溜めたんですよ」
それで、時々連絡が遅れたりしたのか、夏休みの話だが・・・。
「でも、何がいいかなーって考えたけど、結局、迷いに迷っちゃって・・・」
嬉しい。
「『わたしをあげちゃいます☆』ってしてもよかったけど・・・」
ください。
「それは、あとで・・・ね」
お楽しみは後が楽しい!って何を考えてるんだ、俺はつくづく・・・。
「あとで、たっぷり・・・ね」
ほらほら、そんなこと言われたら、今にも襲っちゃいそうだから。
「キョコからのプレゼントは・・・」
ほら、可愛いから、恥ずかしがって・・・。抱きしめたいから、ほんとに・・・。
「これだよっ」
キョコが差し出したのは小さな立方体の箱状のもの。これは?
「開けて」
ちゃんとリボンで飾り付けてある。オリジナル、だそうだ。箱を開ける。箱?
「え」
箱?また箱?・・・箱?
 4段くらい箱になっていた。最後らしき箱には紙(恐らく和紙)で包まれてる何かが出てきた。
「これか?」
「箱箱箱はどうでした?」
「どうやって手に入れた?」
正直な感想を言う。これだけ上手い具合に形が合う箱を探す方が大変だろうに。
「自作です」
「器用だなー」
「本心で思ってる?」
「疑うな」
キスしてやる。味噌汁の味だ。笑える。
「もう・・・」
甘んじてうけてくれるキョコが好きだ。そういえば、プレゼントの中身を見ていなかった。和紙の包み紙をとっていない。雰囲気的には・・・その、雰囲気であることは間違いない。
「キョコ・・・」
「う・・ん・・・」
目がトロンとしている。ちょっと頬も紅潮してるんじゃないか?いつでも、受け入れてくれる・・・、受け入れる準備は出来ている。多分、合ってる。
 少ない経験の中で、これは「来て・・・」という合図であるということを。言わずとも分かっていて欲しいのがこの時の心情。この雰囲気で・・・拒否は出来ませんよ。したことがありませんよ!
 そっとキョコを押し倒す。押し倒す?押し倒す!そして、もう一度長いキスをする。
「ん・・・」
一気に行こう。うん、もう想いがはちきれそうだ。ギュッと抱きしめる・・・。
「もう一回キスして・・・」
その言葉に迷わず、する。そして、もう1度キョコの身体を抱きしめると、少しずつ、少しずつ、キョコの奥へ、奥へ・・・・・・・・・・



「せんせ・・・」
「・・・ん」
「ずっと、ずっと、こうしていたいな・・・」
キョコが、寄り添ってくる。頭を撫でてやる。これがお決まりになった。
「安心しろ」
これだけ言えば分かるだろう。キョコとついにベッドを共にした。それは・・・、なんて言ったらいいのか分からない。それくらい気持ちよかったし、幸せに感じた。
「うん」
この笑顔をずっと見たい。ずっとずっと側で見ていたい・・・。
「せんせーにあげるプレゼントね・・・」
何だろう。まだ和紙に包まったままだ。
「とってくださいっ」
さっきの今なのに、もういつものキョコだ。さっきまで・・・あんなに求め合っていたのが嘘かのよう。頬の紅潮はまだおさまっていないが、興奮しすぎの俺が悪いか?変かな・・・。
 そっと和紙をとる。その中は・・・、
「ええ・・・なんか・・・」
それ以上、言葉が出ないかった。一言で言えば『綺麗』だ。
「イルカのガラス細工。これ、探すの苦労したんだから」
もう服を着替えたキョコが言う。シャワーは?
「あ・・・」
慌てて風呂場に行く。キョコでもこういう素の姿があるんだな、と見えると嬉しい。可愛かった・・・。

 キョコが、シャワーを浴びている間、キョコからのプレゼント、イルカのガラス細工をずっと眺めていた。透き通った海の色。沖縄の海は綺麗だって言うけど、こんな色なんだろうな・・・。珊瑚だとかそういう綺麗だなーって言うもの全てを集めたみたいな色だ。
 分からないけど、感動するってこうなんだろうか・・・。ついさっきの『行為』も、本当、流れとしては・・・当然の流れで、そうなったわけで、キョコとしたのは初めてのことで、どういう息遣いをしていたかだとか、どういう反応を見せた・・・だとか・・・。ほぼ明確に思い出すことが出来る。
 とりあえずは・・・、今は、幸せだ。今日で、ずっとずっと幸せになった気がする。ノロケてもいいだろ?って健にメールを送ってみる。
『あとで詳細聴かせろ』
『てめぇにはわけねぇ(笑)』
『せめて声だけでも!』
『俺の頭の中にあるから、しーらーねー』
こんなやりとりが続き、キョコが出てくる。
「せんせー・・・」
「ん?」
バスタオル1枚。待ってくれ。さっき出したばかりだぞ。なのに、元気じゃないか、俺の分身。
「せっかくシャワー浴びたけど・・・、せんせーにまた抱かれたいなぁって思っちゃった」
テヘっとひとつ笑うと、ガラス細工を眺めている俺に飛び込んで来た。そして、もう1度キスから始めて・・・。


「──シャワー一緒に浴びるか?」
「それは恥ずかしいっ」
変なところを気にするのが、また可愛いところ・・・。ノロケていいだろ?
『詳細を・・・』
もう、メールやめとこう。




第22話