ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第23話




 「疲れた・・・」
よいしょ、と椅子に腰をおろした。
「母さん、飯は?」
親父じゃないんだから・・・。
「風呂に入って来い」
「はーい」
何気ないやりとりだが、俺はだるそうに返事をしていた。実際だるかったから・・・。
今日は新しく始めたバイトの初日だったのだ。今日は力仕事だった。というのは、このバイトが派遣のバイトで週によって違う仕事が回ってくることがあるからだ。引越しの手伝いや、工場運搬作業などの力仕事もあれば、軽作業を延々と繰り返すものもある。まだ入ったばかりなのでよく分からないが、一緒に作業をした先輩(?)が色々と教えてくれた。
 今は11月半ばになろうというところ。前のバイト、キョコの家庭教師のバイトは夏休み限定なので9月に給料入って終わった。その給料はどうしたかって?勿論、キョコと遊ぶのに使いました!
 ところで、何故またバイトを始めたかと言うと、高校を卒業してからは自分の小遣いは自分で稼ぐと母親に言われている。だから、遊ぶ金だとかそういうのは全部臨時だとか短期だとかのバイトをマメに入れて稼いでいる。そうじゃないと遊べないし、いざと言うときに何も出来ない。
 今回の目的は・・・約一ヵ月後に迫った一大イベントに向けて、である。世の中のカップル達がイロメキたつ・・・クリスマス。これに向けたプレゼントの為に。何をプレゼントしようとかはまだ決めてないが、やはり、裏でこっそりやったほうがかっこうがいいと思う性がある。だから、こっそり金を貯めて、キョコが喜ぶものを買っておいて、「いつのまに」と言わせたい。その喜ぶ顔を想像して顔がにやける。
「ふわー」
風呂の中で大きなアクビをひとつする。・・・疲れた。そういえば、キョコにメールするのを忘れていた。バイトのことを内緒にするから、何を代わりに持ってくるか・・・。眠い・・・。
「今電話来てたぞ」
母親の声にハッとする。寝かけてた・・・。初日の疲れは相当なもんだ。今日は電話はやめておこう。
「ああ、分かった」
あれ?電話くれたの誰だ?リビングに置いておいた携帯を観る。着信あり・・・キョコ。
 何か急用でもあったのだろうか?メールを入れてみる。
『どうした?』
もうちょっと気の利いた言葉を入れておけばよかったか・・・。とにかく今は疲れてる。風呂がどれだけ気持ちよかったか・・・。
「あれ?」
いつもだったら5分以内に返事が来るのだが、もう15分も経つ。どうしたのだろうか・・・。
 大方、風呂にでも入ってるのだろう、待つか。
─1時間経過。
 キョコってそんなに長湯か?風呂入ってるにしては長すぎる。今・・・夜の11時を過ぎたところ。まだ寝てないだろう。寝たのかな?まあ、いいや。

朝・・・7時前。携帯がけたたましく鳴り響く。
「うるへー!」
いつも寝起きが悪い俺。目覚ましなんて掛けないし、朝からメールが・・・、メール?
「キョコ?!」
昨夜、日付が変わったくらいまで待っていたが、結局キョコからメールはなかった。ということは、キョコが朝起きて、俺の昨日のメールに気がついて・・・と推測出来るが・・・。
『昨夜はちょっと色々あって返事返せなくてごめんなさい。』
これだけだ。キョコ・・・どこかおかしい。何かあったのだろうか?2日前に会った時、何も変なところはなかったし、至っていつも通りのキョコだった。
『ああ、大丈夫か?どっか悪いところでもあるか?』
『え、いや・・・大丈夫です』
何かある。
『今からそっち行くから大人しくしてろ』
『ひっ?え、でも学校が・・・』
もう電車乗ってるんだから引き返せるわけないだろう。今日は午後の講義から出る。サボりじゃないぞ。

 駅から出ると真っ直ぐにキョコのウチを目指した。できるだけ早歩きで。そういえばさっきのメールの返事はしていなかった。キョコのウチからキョコの通う高校まではバスで30分程度。7時58分のバスが授業に間に合う最後のバスだ。キョコから聞いていて知っている。
『もう着いたから。入るぞ』
ぴーんぽーん。
こんな朝早くから俺は何をやってるんだか・・・。母親には何も言っていないが、メールを一通入れておこう。『早くから用事があるから出る。』『ドンマイ』 どういう親子の会話だ。
「・・・はい?」
恐る恐る玄関のドアを開け、キョコが顔を出す。・・・え。
「どうした?!」
なんともまあ可愛らしいパジャマ姿のまま、顔を真っ赤にしている・・・というか・・・風邪?
「ごほっ、ごほっ・・・ごめんね、せんせー・・・」
「お前、風邪引いたのか?」
「う・・・う、うん。でも、大丈夫だよっ。すぐ治るってー」
無理やり笑顔を作ってるのが分かる。・・・ふら・・・っ、
「あ!危ない」
倒れそうになったキョコをいつもからは信じられないスピードでキョコを抱きとめる。目眩でも来たのだろう・・・。全く無理しやがって・・・。
「せんせーのこと考えてたらね・・・。ほら・・・電話何度もしたんだけど、出なかったから・・・」
「え?」
あの一回だけじゃなかったのか?着信履歴を確かめると少なくとも10回は電話が来ている。気付かなかった・・・。バイト中だったから携帯見てなくて、疲れたまま帰って来てたから全く気付かなかった・・・。
「ご、ごめん」
「いいよぉ。せんせーも忙しかったんだよね」
自分の方が大変な時に俺を気遣ってくれる。本当にいい子だ。
「中に入って話そう。外は寒いぞ」
「あ、うん」
パーッと笑顔になる。ちょっとキスしたくなった・・・。



第24話