ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第24話




 「全く、無理しやがって・・・」
このセリフを言うのは何度目だろうか?キョコを寝かせて簡単におかゆを作ってやり、冷ましながら口に運んでやる。実際・・・熱が40度近くあったのだから安静にさせないと。
「ごめんねぇ・・・」
本当に申し訳なさそうにキョコが謝る。
「そんなん気にするな」
・・・結局講義はサボる事にした。まだ1回も休んでない講義だから大丈夫だろう。健もとってるからノートかプリントか見せてもらえばいいし。一応、メールを送っておく。
『悪い。今日の講義のノート頼むわ。』
『えー、理由を3文字以内で述べよ!』
『看病だ』
『誰の?』
『キョコ』
『風邪ひいたのか?』
『40度』
『あちゃー、分かった。お大事に』
『はいよ』
最初のメールがむかついたから全部3文字で応えてやった。
「ほんと、理解力のある親友を持つと辛いね」
「でも、優しいですよね、健さん」
「いや、分かってておちょくってるんだ、あれは」
「長い付き合いっていいなぁ・・・」
「お前もいるだろ。幼馴染とか」
「いやぁ・・・、もう全然会ってないから・・・」
「あぁ・・・、初恋のって言う」
「ちょっと会いたいなーとは思うけど・・・。でも、今はいいの」
「そ、そう?」
軽く妬いてしまった。
「今は・・・、せんせーがいるから、ねっ」
「あいやぁ・・・」
そうまじまじと見つめられると照れますってば。実は、キョコの瞳が好きだ。くりくりっとしてて。その目に見つめられると照れる・・・。
「とりあえず、お前は寝とけ」
「ええ・・・」
「大丈夫。今日は一日居てやるから」
「うんっ」
この笑顔を横で見れるだけで幸せだ。今日は本当に一日ついていてやろう。

 ──夕方。
「お、だいぶ熱も下がったみたいだな。よかったよかった」
体温計を確かめると、37度まで下がっていた。夜はちょっと上がるだろうけど朝には平熱くらいに戻るだろう。よく寝ていた。・・・俺も昼寝してた。
「せんせー、ほんとにありがとう」
「よせやい。俺も暇人なんだ」
照れ笑い。キョコが頬にくれたキスがまたいっそうに照れの原因を増やす。
「感謝とお礼とお詫びだよぉ」
いや、そうまじまじと見つめられると、ね・・・。
「さて、そろそろ夕飯か、どうしよう?」
母親には何も言っていない。というか何も言う必要はないが。今のキョコを見ると外に連れ出すわけにも行かないし、やはり俺が何かこしらえるべきだろう。何を作ろう・・・。
「何か食べたいものあるか?」
「得意なのでいいよぉ」
だから、料理自体そこまで・・・。得意とかないんだって!料理は母親にかる〜く教わった。あと、キョコと一緒に作った事があるくらいだ。自分1人でまともに食えるものを(しかも人様が)作れるかと言うと自信がない。やっぱり口に合う味付けとかあるだろうし・・・。
「お料理の本なら、本棚にあるから、見ていいよ」
俺の考え読んでましたか。と、とりあえず頑張ろう。
 キョコは和食が好きだったはず。だから和食を・・・肉じゃがだ!どうだ肉じゃが!冷蔵庫を確かめる──ない・・・。
「キョコ、すまん、買い物行ってくる」
「あぁ・・・。買い物行ってなかったの。ごめんね・・・」
「あーいや、大丈夫。近くにスーパーあったよな?」
「駅前の東通に商店街があるよぉ」
「分かった。負けてもらおう」
「あはははっ。ちゃっかりしてるんだからぁ」
「そりゃ当然!まぁ、ゆっくり寝てろ」
「はぁ〜い。行ってらっしゃいませ。あ・な・た」
たははは・・・。新婚ごっこか。照れくさい。でも、悪い気はしないな。

 ──東通商店街。
「おーやってるやってる」
夕飯の買出しに来た中年女性(普通に『おばちゃん』だが)で賑わっている。肉とじゃがいもとにんじんと・・・いとこんにゃくと・・・タマネギ。OK。あと調味料とかは一式揃ってたよな。冷蔵庫の中身は、ほんと何も入ってなかった。ポカリスエットが入っていたな。水分補給の為に俺が買ったのだ。
「あ、こっちの方が肉が安い」
結局、2人分しか作らないのだから、ある程度の量で安いものを選びたい。俺って主婦(夫?)向きか?
「すんませーん。これくださーい」
「はいよ!」
気合が入ってるなーと思いながら、安いほうの肉にする。
「見かけない顔だなー」
「え」
「いつもだったらこの時間は女子高生の子が来るんだけどね」
「そうなんだ」
「いい子でねー。ほんといい子でねー」
2回繰り返す辺り、相当評判がいいんだろう。
「キョコちゃんって言ってね。ほら、お釣り」
「あ、すみません」
思ったとおりキョコだった。なんだか自分が言われてるみたいで照れる。
「そんじゃ」
「また来てくれよ」
キョコの話聴けるならいつでも来ます。
 しかし・・・、夕方の商店街があんなに騒がしいとは思わなかった。20年以上生きてきて、滅多にこういう買い物に付き合うことなんてなかったからなあ・・・。まあキョコの話も聴けたし、目的のものも安く手に入ったし、よしとしよう。
 さ・・・帰るか。

「ただいまー」
「お帰りなさい。待ってたよぉ〜」
キョコに抱きつかれて帰宅。
「ってお前!身体熱いじゃないか!」
「ううん〜・・・」
「ちょっと待ってろ。なんか冷やすもの・・・」
やっぱり熱があがったみたいだ。それより、待ちきれなかったのは分かるが、寝ておいて欲しい。迎えてくれるのは嬉しいが、体調の悪い時くらいおとなしくしてて欲しい・・・。
「とりあえず寝とけ」
「うん・・・」
少しだるそうだ。寝かしつけて氷枕を作ってやる。
「飯もすぐ作ってやるからそれまでおとなしく寝てろ」
小さく「はぁい」と肯き、布団に入る。
「お腹すいたぁ・・・」
「ああ、だからすぐ作ってやるから」
「うん・・・っ」
ちょっと笑顔になる。やっと安心できる。さあ、さっさと作ろう。
 ちょっとワガママを言ってくれたのが少し嬉しかった・・・。

「ほんっと寝るときはよく寝てるなあ・・・」
寝顔は本当に可愛い。料理にかかる時間は1時間程度だが、さっき氷枕を作ってやったら、気持ち良かったのか5分もしないうちに寝てしまった。



第25話へ