ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第27話




 「ああん?恭子ちゃんだよ」
「え?土田さん知ってたんすか?」
「もう『さん』ってつけなくていいよ。俺、お前より年は下だし」
「えええ??」
どっちに驚いたらいいのかわからない。『先輩』だと思っていた人が実は年が下で、なんらかの関係でキョコを知っている。両方に驚いた。
「その恭子ちゃんとは昔ある場所で一緒に生活していた関係」
「ある場所?」
なんだかよく分からない。
「あれ?聴いてないんだ?彼女、ほら、小学校2年くらいから中学校卒業まで施設で育てられてただろ?」
「・・・あ?え?」
「少しは覚えがあるみたいだな。聴いてたか」
前に・・・ウチで一緒に夕飯を食べたときに母さんが聴いて聴いて聴きまくって・・・のときの話か?
「そう、その施設で中学校卒業まで一緒だった。まぁ、高校は遠いところに行くから離れてしまったわけで」
「もしかして?!」
名前は聴いてないが、キョコの初恋の相手・・・?ってやつか?両親が実は死んでしまってそれで施設暮らしが始まったことを聴かされて泣いてたときに慰めてくれたとかいう・・・。俺の記憶力も凄いな。へへ。じゃなくて!どういうことだ・・・。今何故ここに。いや、でもバイトを始めたのは土田さ・・・、土田くんのほうが先だし。えーと?・・・頭がこんがらがってきた。
「あの子さ、俺のこと好きだったみたいだね」
「え?」
「俺もさ、好きだったけど、でも、その頃って自分の考えに自信とか持てなくて、ただ楽しいからいいかなーって」
ちっこいころからなんて普通に純愛を・・・。っていうかなんかキャラかわってるような。
「でも、お前と一緒に歩いてるところ見てさ、楽しそうだったなあいつ。幸せいっぱいだって顔だった」
なんだろ。この人は何がいいたいんだろう?
「もうすぐクリスマスだしな。色々考えてるんだろ?」
「まぁ、バイトもその為にやってるんだし」
「あの子にとってはクリスマスってのは特別な日だからな。俺も思い出があるさ」
「どんな?」
もう彼を年上だとは思わなくなっていた。実際、慣れたといったほうが正しいかもしれない。
「その一緒に施設にいたころの話。俺とあの子にとっては最後の年だったな。ほら、俺転校したからさ。その後を全く知らないんだ。それで、前たまたまお前と一緒に歩いてるところを最近見てな。変わったなーと思って。今17歳だよな」
そこで彼は一回話を切った。色々と思い出すこともあるんだろう。2年前の出来事なのだから、鮮明に覚えていてもおかしくはない。この人にとってキョコが特別な存在だったことが分かる。


 ──2年前。
俺と恭子ちゃんはその日・・・寒かったな。12月24日の夕方7時くらいにある場所に待ち合わせした。同じ施設で育てられていたけど、中学の後半くらいから生活の時間が少しずつずれてきていた。違う中学に行っていたからな。
 俺はプーしてたし。ああ、帰宅部のことね。だから帰る時間が早かった。夕方くらいまで友達と遊ぶ約束してたしな。恭子ちゃんは、何か体育系の部に入ってた。それで、最後の大会は終わって引退はしてたんだけど、ちょうどその日に3年生の追い出し会みたいなのをやるとかで途中抜け出すからと。そんなの一生で一度しかないんだから、別に何時でもいいんだって言ってたんだけど、中学最後のクリスマスだし、って彼女のワガママを聞くような形で結局約束どおりの時間に。
 7時ちょうどだったかな、恭子ちゃんが来たのが。走ってきたのかわからないけどうっすらと額に汗を浮かべていた。まあ、その辺の詳細はいいとして、普通に遊んでな、それで終わり。
 ただ、俺は年明け前に遠くに引っ越してしまって、それ以来、連絡をとってない。


「別れ際に気持ちくらい伝えておきたかったな」
遠くを見ている。好きだったんだなあ・・・と第三者の気持ちになった。少し、切なくなった・・・。
「でも、まあ、この前見た限りじゃ、幸せにしてくれてるみたいだし俺は安心したよ」
その目には何が映ってるんだろう?俺みたいにダラダラと過ごしてきたんじゃないんだろう。年は俺より下、だけど、キョコと過ごした数年間が相当濃かったんだろうな・・・。
「あの子はね、冬よりも夏のほうが好きなんだ。寒いのより暖かいのが好きなんだ。七夕とか夏祭り、花火とかが好きなんだ」
「う、うん?」
「どっちかというと冬は嫌いらしいんだわ。事情は・・・わかるか?」
「いや・・・」
心当たりがないと言えば嘘になるが、自信はない。
「なんとなくわかったって顔だな。それでいい。少しでも分かってやってくれ」
少し気を遣ってくれたみたいだ。
 気がつけば3時間近く話し込んでいた。だいぶ暗くなったし、俺はキョコが心配するといけないのでここでお開きにすることにした。土田さんと次バイトが重なるのは年が明けてからになる。年末に一度会うことを約束して別れた。

 ぶー、ぶー、ぶー、・・・
「あれ?どーしたの、せんせー」
「わりぃ。12月24日と25日のことなんだけどな、無理になったんだ」
「えっ?」
「すまん。急に親戚の家に行くことになってさ」
「あー、そうなんだ。わかったよ」
あれ?反応薄いな・・・。もっと寂しがったり甘えてきたりすると思ったんだけどな・・・。例えば、「何日は会えるんでしょ?!」とか・・・。また少し切なくなった。そして、不安が頭をよぎった。

その不安が、後にほぼ現実のものになってしまうとは、考えもしなかった。

  キョコ・・・・・・・・・。




第28話へ