ひと夏の家庭教師


『ひと夏の家庭教師』


第29話




 ・・・?
普通ならウチにいるはずの時間。灯かりが外に漏れているはずの時間。なのに、カーテンは閉められていて、真っ暗な部屋。それは、そこの住人であるキョコが不在であることをしめしていた。外からそれが分かるくらいだ。夕方も過ぎた時間。どこへ行ったのだろう・・・。とりあえず、部屋の前まで行こう。何かあるかもしれない。
 ふと、夏にあった洋二との出来事が蘇る。でも、あの時とは違う緊張がそこにはあった。
「・・・いや、不在?」
この時間にどこに行くというのだろう?いつもなら家でテレビなり本を読んだりしてる時間のはず。友達とどこかへ?それは考えにくい。あまり遅い時間になることはないはずだから。
確かにカーテン閉め切りで灯りもなければ普通は不在考えるが、何かおかしい。もしかしたら急に友達に呼び出しくらったかもしれないじゃないか。多分、洋二は関係ないだろうけど。
 玄関の前で立ち止まってしばらく考えてみる。鳴らしていいものか・・・。一応、電話してみるか?してみて、それとなく場所を聴いてみたり・・・。でも、俺から電話するのはどれくらいぶりなのか分からない。驚くだろうな。どうせなら驚かせてやれ。─そう考えると少しだけ気分が楽になった。ここまでずいぶん重い足取りできただけに少し足がしびれてきていた。緊張のしすぎなんだろうか。
「・・・出るかな・・・」
着信履歴がまだ残っていたのでそこからかける。
・・・・・・・・・・・・・・プルルルルルル・・・・・・・・・

 ─♪  ♪   ♪     ♪ ・・・・

「え?!」
音が聴こえてきたのは紛れもなく真っ暗な部屋の中からだった。自分の携帯と部屋を交互に見比べながらその音が鳴り止むのを待った。その音、部屋の向こう側から聴こえる音。キョコの携帯の音だ。

 ─20秒、30秒・・・

出ない。留守電につながらないのは知ってる。

 ─1分・・・

さすがに一回切った方がいいだろう。

「・・・はい」

不意に聴こえてきた懐かしい声。忘れてたものが込み上げてきた。言おうとしてたことが全部ぶっ飛んでしまった。

「お、おう」
「・・・どうしたの?」
「お、おう」
何も言えない。
「ドアの前に・・・いるの?」
そんなに広い部屋でもないから、そんなに大きな声で喋っていなくても中の人間に聴こえる。
「あ、いや、その・・・うん。いるよ」
つい3分くらい前は驚かせてやろうとか考えていたのに、何もしゃべれない。
「開いてるから、入って?」
「分かった・・・」
ガチャッ
そういえば、キョコ、泣いてた?いつもの明るい声ではなかった。
「キョコー?」
ちょっとだけ軽い感じで入ってみる。
「いるよ」
キョコは地べたに座っていた。ぺたって音が聴こえるような座り方。女の子座り?ってやつで、ただ天井を見上げていた。制服のままだった。俺のほうは見ずに、ただひたすら天井を見上げてぼーっとしている。「いるよ」という言葉も、確かに俺以外の誰にも向けられてないのだが、俺というよりもただ空に投げ出された感じがした。俺の元にも届かずに空を彷徨った。
だからだろうか?「いるよ」の一言になんて返せばいいのかわからなかった。
「いるよ」
繰り返しキョコは言った。分かってる。いるのは分かってる。でも、何を言ったらいいのかわからないんだ。
「いるんだよ?」
「・・・え?」
「私はいつだって」
そこで言葉を切るとまた天を仰いだ。同時に俺は一歩キョコの方へ踏み出した。
「いつだって・・・」
そして俺のほうを向く。俺も一歩進む、そして立ち止まる。 一瞬、部屋の空気の流れがとまったように感じた。

「私はいつだってせんせーの・・・あなたの心にいるよ」



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