ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第3話








「それは恋です」
「はぁ?!いきなりなんだよそれ」
というか健はこういう奴だったよ・・・。なにかと理由つけて「それは恋だ!間違いない!」って言っては俺をトラブルに巻き込むんだから・・・。
「ええ、間違いなく恋です」
「おい、そろそろ帰って来い」
「ただいまー」
「おかえ・・・いや、突っ込むのだるい」
「つれないなー!騒げよー」
とにかくはしゃぎたいようだ。一度相手をしてしまうと止められない。さっさと話題を終わらせるのが得策かな。
「恋かー俺もしたいなー」
始まった。
「もう美紀ちゃんと別れて半年も経つしなぁ〜。恋は楽しいよなぁ〜・・・ってどこ行った?!一人にすんなよぉー俺が馬鹿みたいじゃねーかっ」





───初授業の日。
「あはははっ。健さんって面白い方なんですね!」
「そうか〜?長くやってるといい加減相手がめんどくさくなってくるよ」
「でも一緒にいて飽きないと思うけどなぁ」
「まぁ、確かに5年もつるんでるけど、『しょうがないな』って感じだよ」
「きゃははははは。やっぱりコンビ組んでるみたいな感じなんでしょうねっ。羨ましいなぁー。私にはそんな長い友達いないからなー」
さり気なく暗い内容だが、落ち込んでいる様子も特に見受けられない。前向きな子っていうのは会うのは2回目でもよく分かる。突っ込むべきか?自分から語ってくれそうな雰囲気もあるが、一応今は勉強中だし、突っ込まないでおく。
「でも、せんせーも楽しいし教え方も上手だし、ぜんっぜん飽きないよー。だから好き、かな?あははっ」
「いや、その、えーっと・・・あ、ありがとう」
今は授業中。楽しいおしゃべりもいいだろう。でも『私情』でまったりしすぎてる・・・。楽しすぎるってば・・・。
「あ、ごっめぇんせんせー。まだ休憩時間じゃなかったね。あぁ、私が脱線脱線で、ついつい突っ込んじゃったから・・・」
「いや、まぁ、健の話を振ったのは俺だし」
ちょっと申し訳ない気分ながらも、結果彼女が楽しんでくれたのでいいんじゃないかと妥協。それに、まだ授業は今日が始めてだ、焦る事もないだろう。カリキュラムっていうのか?それをちゃんとこなせれば大丈夫。予定通り出来てると思う。
「さーて頑張るぞーっ!・・・って、どこやってましたっけ?」
恐ろしく素だな。でも、
「・・・どこだっけ?」
話に夢中になってて俺も忘れてた。これじゃ何しに来たんだ俺。


───休憩時間。
前と同じように麦茶をもらう。夏は始まったばかり、セミの鳴く声も八方から聴こえてくるし、クーラーがついてなければ汗だくになっていただろう。扇風機もつけている。これでちょうどいいくらいなのだ。
今日はアイスクリームも出てきた。今日、買ってきてくれたそうだ。味の好みが分からなかったのか、色々な種類が入っているアイスボックスを差し出した。
「ごめんねぇせんせー。せんせーの好きなの聞いておけばよかったなぁ」
「アイスが好きだから大丈夫だよ。嫌いなのとかないし」
「じゃあ、ついでだし、好きな食べ物とか聞かせて??」
「あぁ、いいけど・・・」
瞳をキラキラさせていちいちウンウン肯いている。ちょっとずつ顔が近くなってないか?てか近づいてる??近くね??
「せんせ?顔、赤いよ?」
「へ?!?!」
「熱でもあるのー?」
右手を俺の額に、左手を自分の額に当てる。何の躊躇いもなく。
「いやっ、えっ、とっ・・・」
余計赤くなるって!
「熱じゃないなぁー・・・ちょっとクーラーきいてないかな?下げてこようか?せんせー」
「いや、大丈夫だよ。あの、む」
「む??」
ちょっと丸く大きめの瞳をくりくりさせながら聞き返す。
 暑いはずが無い。ちょうどいい感じの室内の温度だし、ききすぎで寒いってこともない。じゅうぶんだ。ちょっとアイスも食べたし、少しだけ涼しい。
「む・・・?なんでもないよ」
「えぇ〜知りたいよぉー!ずるいずるいっ」
「そんなこと言っても、もう休憩は終わりだから、続きするよ」
逃げるように机に向かう。頭の中は、勿論、次する内容なんかじゃなくて、近づいたときにチラッと見えてしまった肌の色だった・・・・




「で、その夜は眠れなかった、と」
「勝手に進めるなよ・・・。まあ、大丈夫、ちゃんと寝たし寝たし」
「そう繰り返すなよ・・・。分かったからさ。で、どうだった?生おっ・・・」
何言い出すんだこいつ!誤解だ誤解!
ちなみに今日は補修の日で大学に出てきている。
「そ、そう怖い顔で見るなよ・・・。でも俺だったら絶対、夜のおと・・・」
「何か言ったか?」
「い、いえ何も・・・」
健の言うことも分かる。『あれ』は強烈だった。そこからちょっとだけいい匂いもしたし、チラッとだが見てしまった。別の意味でドキドキしてしまって夜、色々考えてしまったのは確かだ。でも、そんな夜のおと・・・するわけないだろ!健が言うのは冗談・・・ぽくない冗談だ。
見てしまうのは当然だよな・・・。だよな?
それをどうにか何かに使ってしまおうなんて、ちょっとは考える・・・うん、考える。でも、俺はしてない、してないぞ。
「もしもーし。お前何、ぼーっとしてるんだ?さっきから黙ってさ」
「えっ?黙ってるって?」
「この健様が『チラ見覗き』について熱く講義(3単位)してやってるのに、上の空じゃねーか。タメになる話なのによー」
ただの自己満足にここまで一生懸命になれる健。もっと他に力の使い方があるだろうに・・・。でも要領よく生きてるから損してないんだな。幸せな奴だなって思う。俺に少しは分けてくれ。
「しかし、そんなに熱く語られても、どこでタメになるって言うんだ?」
「そーこ突っ込んじゃ駄目だろ!『明日使える無駄知識をだな・・・』」
「トリビアの泉じゃあるまいし・・・。あの番組のほうがよっぽど使えるよ。もう分かったから・・・」
「ちぇっ。つれないなー。男としては『至福の瞬間』に立ち会ったんだぞ?てかお前の状況おいしすぎなの!分かる?分かってるか?!全国何万人ものモテない君が夢見る状況にいるんだぞ?てか俺に代われ、すぐ終わらせ・・・」
「なーにーを?」
横から出てきたのは、健の妹の晶(あきら)。大学では一つ下の学年である。だからたまに会うこともある。
「兄さん、またエロいこと語ってる。先輩ごめんなさいね。昔っからこんなだから・・・」
「晶・・・、お前、出るタイミング見計らってただろ・・・」
健が肩を落とす。どうも妹には昔から弱い。
「ああ、分かったよ。もう帰る時間だから呼びに来たんだろ?」
すると晶は首を振って、
「今日は紹介したい人がいるんだ、会ってよ兄さん」
「は?友達なら前紹介してもらって・・・」
「合コン設定するって話はもうちょっと待ってね」
慣れた返しで健を黙らせると、少し離れた場所にいた小柄な男性を手招きで呼ぶ。
その間に、「おい、妹に合コン設定させるってどういうことだよ」「お前は女子高生がいるだろ」「答えになってねーよ!」という小声のやりとりがあったのは晶には聴こえてないだろう。
「この人なんだけど」
「どうも、小野っていいます」
「ど、どうも」
小野と名乗るこの男性。俺と変わらないくらいの身長か、でも高いか少し・・・。大体、予想はつく。
「今付き合ってる人、彼氏でーすっ」
だろうな。
「健さん、今、晶ちゃんと付き合ってます、小野です」
淡々と話すこの青年、あまりいい印象は受けないが、悪い奴じゃなさそうだ。・・・って健?
「あれ?兄さん?」
「あ、ああ?うん、小野君ね、よろしくっす」
明らかに覚束ない表情で遅れて返事をする。動揺してるなって一瞬で分かる。
「あ、晶、ごめんな。ちょい健さっき気分悪いっつってて、今から早めに帰ろうって事だったんだ。じゃーな」
「あ、はーい、ちゃんと帰って来いよ兄さん」
晶の皮肉を背中にさっさとその場を去る。健の気持ちを考えれば当然だ。健は、「晶に彼氏が出来たら点数つけて、規定点に足りなかったら別れさせる」と俺に言っていた。とんだ兄バカである。晶も迷惑だろうに・・・。
晶が彼氏だと言って連れてきた青年は、俺よりちょっと高いと思う。175くらいか多分あると思う。でも、かっこいいとは程遠い、かと言って三枚目な存在でもない。ファッションセンスもイマイチ。服装も普通未満だ。勿論、俺がそれほど詳しいって事ではないが、あれがいいか悪いかの判断はつく。健としては『×をつけたい』だろう。
「で、お兄さん。どうすんの?」
「あー?晶があいつがいいっつって連れて来たんだから別に否定しやしないさ。でももうちょっとかっこいいの連れて来れないかな・・・」
ほらこれだ。結局、反対したいっ気持ちでいっぱいなんだろう。
「あーくやしいなー!」
健の叫びからはただ漠然と『羨ましい』が感じ取れる。俺も羨ましい。ただ彼氏・彼女がいるってだけで羨ましい。
「お前はもうちょっとでどうにでもなるだろ」
「健、暑さにやられたか?俺はそんなつもりはないぞ」
「そんなつもりって誰を対象に言ってるの?」
はめられた!キョコの事を言ってるのかと勘違いした。でも、他に思いつく人はいない。騙す側としたらなんとはめやすいネタになってるんだ俺!なんかくやしいぞ!
「あの彼氏さんさー、小野君、携帯のメル友募集のサイトで知り合ったらしいよ」
「へぇ〜」
「・・・俺もやろうかなー」
「へぇ〜へぇ〜」
「なんでそっちの方が多いんだっ」
「ちょっと、くやしがる方向間違ってないか?」
あえて、ここは突っ込まなくていいかなって思ったけどお返ししておきたかった。
でも、やっぱり頭にはまだ『あれ』が強烈に残っている。
・・・・・・さっさと楽にさせる為にしといたほうがいいかなー・・・




第4話