ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第4話








今日は家庭教師に行く前に、ちょっと早めに家を出て街をぶらついてみることにした。キョコの家から近い駅前の通り。何も期待しているわけではないが…でも、もし会えたならそれはそれで嬉しいかなと思う。
そういえば、キョコは俺が家庭教師に行く前の時間、何してるんだろう?聞いてないなそういえば・・・。30分か1時間くらい前には家にいて、準備とか予習やったりしているというのは聞いた。ほんと真面目な子だ。俺、予習とかやった覚えないな・・・。
そんな事考えながら、ぶらぶらと歩く。夏休みだと言うのに何故か制服でうろうろしている高校生。あの制服、キョコと同じ学校のじゃないか?薄っすらと残っているキョコの部屋のハンガーに掛かっていた制服を思い出しながら、ちょっとだけ「ばったり会えるかも」という期待に胸膨らませる。会って1週間そこらの年下の子に何故こんなに胸が弾むような想いをするんだろう?そこは疑問だ。でもなんか「私服のキョコ」に会いたいという思いはちょっとずつ大きくなっている。俺に家庭教師を受けている以外のキョコ・・・素顔のキョコはどんな子なんだろう?
マックの前まで来る。中は女子高生らしき軍団が何個かのテーブルを占拠している。こんなのを見るたび思うのだが、ここはお前らの為だけの場所じゃないんだぞ。ちょっとは遠慮しろよ・・・大きな声で喋って・・・。言い様のない怒りである。サラリーマンのおっさんか俺は・・・世間のお父さんの怒りをここで覚えるなんてな・・・。


「あれ?せんせーっ」
ちょっと離れたところから聞き覚えのある声がする。「あれ?『せんせー』?」まさか?
「なんでこんなところにいるの??びっくりしたぁ」
「あれ?き、キョコ・・・ちゃん??」
動揺してるの丸分かりな返事。相手に伝わらなかったか心配である。
「せんせーこそ、どーしたの?家庭教師の時間までは随分あるよ」
ちょっとだけ息を弾ませながら近づいて来て言った。そんなに嬉しいのかな?俺は結構嬉しいけど。
「あ、今友達と一緒だった・・・どうしようかなー」
「ん?そうなんだ。それなら俺はもうちょっとぶらついてから時間になったら行くよ」
「うーん、でも、せっかくウチの外で会ったんだし、勿体無いなー。ちょっと待ってね」
「うん、分かった」
またトコトコと小走りで待ってた友達のところに戻り、何やら話している。まぁ、俺は一人でぶらつくほうが好きなんだが。
2,3分してキョコが戻ってきた。・・・あれ?友達帰ってった?いないぞ。
「ごめんねっ。ちょっと時間かかっちゃった」
「いやいや、暇人してるから大丈夫だよ。でも、友達は?」
「真理って言うんだけど、なんか、『お邪魔みたいだから帰るねー』って言って、結局、彼氏のところに行っちゃった」
えええええええええええええっ!お邪魔ってなんだよお邪魔って!どういう意味なんだよー!
「でもあの子、彼氏と待ち合わせに時間があるから私が付き合ってたから、別にいいんですけどね」
ちょっと笑いながらそう言う。
「待ち合わせに使われちゃったのか。しょうがないなー」
とか言いつつ内心キョコと2人きりの時間が出来て嬉しいのかもしれない。
「ごめんねーせんせー。どうしようかー」
「あとどれくらいあるだろ時間・・・。2時間かー、ちょっと俺が早く来すぎたな」
「えー!2時間か・・・」
するとちょっと腕組みで考える仕草をして、
「んじゃぁ、1時間くらいカラオケ行かない?せんせー」
「えっ」
カラオケ・・・・女の子と2人っきりでカラオケなんて、何ヶ月ぶりだ?そもそもカラオケとか殆ど健とあと数人くらいでしかいかない。しかも誘われたのはほぼ初なんだが・・・。
「駄目?」
こう甘えられると弱い。弱すぎる。ふにゃぁーってなってしまう。情けねえ・・・。
「んー俺はいいけど」
素っ気なく返してしまうが、しょうがないだろ!ちょっと恥ずかしいんだよ。女子高生年代の子にカラオケ誘われてるのが・・・人通りが多い場所で・・・。傍から見れば逆ナンみたいじゃねーか。
「じゃ、すぐそこの店に決まりねっ」





「ぱちぱちぱちぱち」
キョコがさっきからマイク独占状態で歌いまくっている。何とも言えない可愛らしい声で、元気な声で、時々「きゃぁ」とか言いながら。・・・つくづく最近の子って感じだよな。
「せんせー歌って歌って!」
とか言いつつ次、自分が歌いたい曲を探している。特に俺は歌いたい曲とかはない・・・。あと、30分くらいあるかな?歌わされそうな雰囲気だが・・・。
「せんせー何か歌わないの?私ばっか歌って悪いなー」
「あんまり歌わない方だし、君も楽しそうだからなーと」
「せっかく来たのに歌わないって損だよー!そんじゃーキョコが勝手に入れちゃっていい??」
「任せる」
正直、どんな歌が来るか分からない。最近の曲は割りと把握しているが、歌えるかっていうと自信はない。どっちかと言うと聴いてる事が多い俺。歌ってても誰も気付かないだろう。「あ、歌ったの?」みたいに。付き合ってた子ともカラオケに行くことはあまりなかった。
「せんせーに歌って欲しいのってこれかなー。これもいいけど、これ歌ってもらいたいなっ」
そういって入れたのはバラードだった。何故ここに来てバラードなのかわからないが・・・。とりあえずマイクを手に取る。
「あーあーあー」
ついやってしまう・・・マイクテスト。
「せんせーっ、何やってんのぉ??マイクテストって!受けるよー!」
「き、緊張してんのに煽るなよ」
「はーい、ごめんなさあい」
ぺこりっと頭を下げて謝る。その仕草が可愛くて、ちょっとキュンとする。
「あ、始まるよ!せんせー頑張ってっ」
応援されるとちょっと張り切りたくなる。
ちょっと難しいな・・・音に気をつけながら歌うと余計外れる。気持ちを込めることに集中・・・サビだ。頑張ろう・・・・・・・





「ごめん、めっちゃミスった」
かなり凹んだ。そこまで歌えないとは・・・。
「せんせー、良かったよ!」
同情かはたまた感激屋なのか、拍手をくれる。前者だろうな・・・。

───家庭教師の時間。
当然カラオケの話題になる。・・・俺のバラードの・・・。
「せんせーほんと良かったんだって!キョコ嬉しかったなーせんせーのバラードっ」
キョコはさっきからその話ばかりしている。それに一人称を「キョコ」連発している。テンションがあがると自分を名前で呼ぶのかな?
「もういいって・・・自分的には失敗で・・・」
「ううん!キョコ感激しちゃったよ!ちょっとなんかご褒美に何でもしてあげようかなって思っちゃったりしたしっ」
本当に言ってるのか?でも、流れから言って冗談じゃないだろうな。一個頼んでみようかなー・・・何がいいだろ。
「ほんとに?」
差し出がましいようだけど聞いてみる。確かめる。
「うんうんっ。何がいい?肩揉みとかでもいいよ!きゃははっ」
・・・冗談?どっちだ。
「じゃーキスでもしてもらおうかな」
冗談っぽく言ったつもりだけど、そうは聴こえないだろう。声が上ずってる。
「・・・・え?」
「あ、うん、その・・・冗談、冗談!」
「・・・しょうがないなー」
「・・・え???」
言い終わる間もなく右頬に柔らかい感触が走る。
「せんせーだからしたんだよ。真理には内緒、健さんにも勿論ねっ」
「あ、ああ・・・」
不意打ちだ!そんな、冗談のような本気のような中途半端な状況。俺もちゃんと言えてたかどうかも分からない!けど、キョコは・・・してくれた。キョコの頬が少し紅潮しているのが分かる。俺の胸の鼓動がドキドキいっているのが分かる。どんどん多くなるのが分かる・・・。
「さーべんきょーべんきょー!」
すぐに勉強に戻るキョコ。俺は固まったまま、ぼーっとしてる・・・。まだ感触が残っている。
俺はこの右頬を洗わないことにした、しばらく・・・。







第5話