ひと夏の家庭教師



『ひと夏の家庭教師』


第5話








健に言うとまた面倒な話につき合わされかねない・・・。晶に言ってみることにした。ちょっと街に出たら、割と一人で歩いてる晶に会うので、そこを狙うことにした。多分、一人で考えてるとパンクしてしまうだろう。明日も家庭教師に行く。それまでにちょっとでもキョコの顔見ても平気なようにしておきたい。出来るかな・・・

「キスしちゃったんですか??」
案の定、晶は驚く。思ったより晶を早く見つけることが出来た。彼氏の小野君(第3話参照)とデートの予定だったが、小野君がつかなくなってブラブラしているところを運良くつかまえることができた。
「声が大きい・・・。それに、キスされたのは頬だし、軽いご褒美みたいなもんだし」
「結構あっさりしてますねー。そんな、ちょっと上手い具合バラード歌えたからってキスまではしませんよー。あっ!ひょっとしたらっ」
すると晶は、そっと俺の耳に口を近づけ、
「その子、先輩の事、気になってるかもよ」
と囁いた。一瞬、ドキッとする。
「あは、ははは・・・まっさかー。俺に限ってそんなことはないって。俺がモテないのはよく知ってるだろ?」
「そうかなー?先輩って顔、そんなに悪いとは思わないし、兄さんと対等に渡り合えるくらい面白いし、優しいし、もう一人のお兄さんって感じですよー。年下からすれば憧れるかもね」
ふふっと微笑み。「ちょっと昔、先輩に憧れていた私が言うんだから間違いないです」
「ええっ?!」
「昔の話ですよ。む・か・し」
まあ、異性としての「好き」ではないだろう。俺だって下級生のとき先輩に憧れたもんだ。彼氏がいるって知って泣いてしまったこともあったっけ・・・。

「ところで先輩」
「ん?」
「何で私にこんな話を?」
「あー、健に言うとなんやかんやでややこしいことになるし、こういうことは女の子に聞いたほうがいいかなーと。晶ならきっと聞いてくれるってのもあったしな」
「なるほどー。これを聞いたら兄さんへこむだろうなー」
「まさかー」
「黙っといてあげますよっ。先輩と私の仲じゃないですかー。こうなったらとことん話しましょうよ」
晶の気持ちは凄いありがたかった。ちょっと甘えよう。こういう味方は嬉しい。・・・あれ?味方って?話変わってないか?
「先輩の『恋』応援しますよ!」
違うって。
「あーはりきってきたなー」
違うんだって。
「こんな大仕事兄さんに任せたら混乱するだけだ」
走りすぎだって。
「明日も家庭教師なんですよねー?明日から気合入れて下さいよ」
泣いていい?違うったら。
 結局、その一言が言えずに、盛り上がったまま、話が進んでいき、何故か飯もおごってもらう形になってしまった。
「ありがとうな。話聞いてもらっただけじゃなくて、飯もおごらせてしまって」
「とーんでもなーいっ。今日はそういう気分だったんですよっ!たまには愛する後輩に甘えてもいいんじゃないですか?ねっ?」
「ああ、そうだな」
更に帰りまで送ってもらってしまった。俺は、どうすればいいんだろう?「恋」なのか?それに近いトキメキは胸にはあるけど、違う気もする。とりあえずは、晶に甘えて応援されてみよう。





「いらっしゃーい!せんせー!待ってたよーっ」
いつもと変わりない元気な声で俺を迎える。晶と話したおかげか、なんとか恥ずかしくない。これなら大丈夫。いつも通りだ。
「せんせー?入って入って」
「あ?ん?ごめんごめん」
・・・大丈夫だろうか?
 今日は、キョコは凄く集中してるみたいだ。俺はたまにアドバイスをしたり、簡単に講義みたいな形で解説したりするだけで、キョコが集中できる環境を与える事が一番だ。よく集中している。これなら俺も心を乱さずに教えることが出来るだろう。でも、こんなことを考えてる時点で駄目じゃないか?ってことは思わなかったことにする。

「せんせー?休憩する?なんか 疲れてるみたいだけど・・・」
あ?あれ?疲れてるって?普通にしてるはずなんだけど。
「いや、大丈夫だよ。それより、もうちょっとでこのテキストいいところまで行くだろ?頑張ろう」
「ううん。なんかせんせー眠そうだよ?寝ててもいいよ?私、ちゃんとやっとくから」
この子がちゃんとやる子だってのは分かってるけど、他人様の家でおおいびきかいて寝てるわけにはいくまい。
でも、眠いのは確かだ・・・。先に醜態晒すか、後で醜態晒すか・・・しかし、なんでこんなに眠気が・・・あ・・・、



 不意に意識が遠のいた。今、俺は何をしてるんだ?真っ暗だ。目を開けてみようか・・・。でも、なんか心地いいな。まだ寝ておこうか・・・・・・・・・寝る?ん?あれ?
 ハッとして上半身を起こす。薄い掛け布団がかけてあった。普通に布団の上だ。どうりで心地いいはずだよ・・・。あれ?キョコは?ってかちょっと外暗くないか?何時だよ今・・・、2・・・0時・・・午後8時??3時から家庭教師で・・・眠そうって言われたのが5時くらいだっけ・・・3時間も寝てたのか俺?!そりゃこの時間、腹も減るはずだ・・・っててて・・・。
「せんせー起きたの?おはよー」
ちょっとくすくす笑いながらキョコがやってくる。いい匂いだな・・・。
「あ?気付いた?今夕飯作ってるんだー。カレーだよーっ。せんせーの好きそうな」
またくすくす笑う。何だ?何かついてるか?
「ね・ぐ・せ」
「えっ!あっ!・・・いや・・・」
またくすくすと笑う。大急ぎで洗面所の鏡を見て・・・、
「え?なんだ・・・何もないじゃないか!騙された・・・」
くすくす・・・。
「きょ、キョコ?!」
「もーせんせーからかうと面白いなぁっ。はい、カレー食べようせんせっ」
腕!腕を組むな!恥ずかしい!
・・・声に出なかった。
 初めて年下の女子高生に作ってもらったカレーは、ちょっとだけ辛かった。でも、美味しかった。だって母親に、連絡するの忘れてた。ついでに、あの後、また話が盛り上がり、終電寸前までまったりしてしまった。こういう関係っていいなー・・・・・・
 ちょっと前の頬にキスの出来事もカレーの辛さで半分以上消えてしまっていた。







第6話